孤独な少年ルビッチと、ゴミから生まれたゴミ人間プペルの友情を描く『えんとつ町のプペル』。42 万部のベストセラーとなった絵本が、作者・西野亮廣さん自身の脚本をもとに、NYで舞台化されます。コロナウイルス禍のため開幕は延期となっていますが、9月19日、20日にかけてオンライン公演(先行配信)が決定。現地キャストがZOOMを使用し、全楽曲とストーリーを披露します。
この作品で作曲・音楽監督をつとめているのが、佐賀県出身のKo Tanakaさん。日本で演劇の劇中曲を手掛けた後、北米にわたり、名門、バークリー音楽院に入学。先日まで上演された劇的茶屋『謳う死神』ではドラマティックな音楽で手腕を発揮、今、最も注目されるクリエイターの一人です。その彼がこの1年、情熱を注いできた本作の作曲ポイントとは? ご自身の「これまで」「作曲のコツ」など含め、たっぷりお話をうかがいました!
逆境の中、這いつくばるようにして
作り上げたミュージカル
――本作にはどのように関わることになったのですか?
「バークリー音楽院在学中の昨年7月、プロデューサーの小野功司さんに出会い、翌月本作の作曲を依頼されました。当初は演劇祭での公演を想定した小さなプロダクションでしたが、次第に多くの人が巻き込まれ、原作の西野亮廣さんご本人が日本語脚本を手掛けることになり、僕は音楽監督もつとめることになりました」
――原作絵本は以前からご存じでしたか?
「お話をいただいたて読みました。実は『えんとつ町のプペル』は長いお話で、絵本はその一部なんです。12月に公開される映画版では全編が描かれますが、本作もそれに即したストーリーになっています」
メインテーマ「Poupelle of Chimney Town」(西野亮廣さん作曲)はミュージカル版のために編曲。
――西野さんの台本がそのまま英語に訳されているのでしょうか?
「大筋は同じですが、ミュージカルという表現形態で機能するよう、作詞・演出のジェシカ・ウーを中心に、クリエイティブ・チームで調整しました。原作が男性だったのを女性に変えたり、言い回しをちょっと変えたり。歌詞に関しては、“こういう要素があったらいいと思う”というアイディアが書かれていて、ミュージカル(の法則)では理由があってその歌があるので、その理由を考えました」
――NYの皆さんは、本作のどこに惹かれたのでしょうか?
「希望に溢れた物語である点ですね。小野さんや僕は“日本人がブロードウェイで挑戦するなんて無謀だ”と言われてきて、『えんとつ町のプペル』の主人公たちの境遇と重なる部分があるんです。そんな中で、(煙で覆われた)空の向こうには星があって、信じれば必ず見えるんだと語る本作に大いに勇気づけられました。コロナウイルス禍で、1曲目のデモを録音して2,3日後に(NYが)シャットダウンしてしまい、皆で集まって磨いていくことも出来ませんでしたが、“おしゃべりスコップ”というキャラクターが、いつか陽の光を見るまで地下を彫り続けようというナンバーにも励まされて、這いつくばるようにしてミュージカル化を進めてきました。僕らの、そして応援して下さる全ての方々の思いの詰まった作品になっていると思います」
――何か月ぐらいかけて書かれたのですか?
「6,7か月でボーカル曲を16曲書き上げました。うち4曲は西野さんが作曲したメインテーマを編曲したものです。そこから1か月くらいでアンダースコアと言う、歌のない曲を14曲程度作りましたが、とりあえず90分の作品の最初の音から最後の音までを書いたという段階で、まだ変更の対象ではあります」
――曲を書くにあたっては、作詞と作曲どちらが先でしたでしょうか。
「英語のミュージカルにおいては作詞が先のほうが僕はやりやすいので、ほとんど歌詞が先ですが、ジェシカがプロダクションに入ってきたタイミングが少しだけ遅かったので、その間、ハロウィンの曲などは僕が英語で仮に書いて、その韻を見ながらジェシカが(正式な)作詞をして、以降はジェシカが詞を書いて、それに僕が音符を当てはめていく作業でした」
――英語ネイティブにとっては歌詞は韻を踏んでいないと気持ちが悪いようですが、Tanakaさんはそれには慣れていたのでしょうか?
「僕は全く英語ネイティブではないのですが、子供のころからディズニー映画やミュージカル映画の、古き良き、美しいメロディーが好きで、研究するうち、英語の韻というものの存在に気づきました。中学生がギターで作曲したとしても韻を踏み、なおかつ感動的なものを作り上げる。ぜひ僕もやってみたい、と思い、北米に渡ったんです。ですのでハロウィンの曲を作った時も、韻を踏んだ英語歌詞を作りましたね。音楽を理解している、ということも役だったと思います」
――作曲には言語センスも必要、なのですね。
「そうですね。創作の中で言語に割く時間は僕は長いと思います。キャラクターや言葉のことを考えているのが6割くらい。言葉最重視でやっています」
――英語の表現力を培うのに、何か続けていることはありますか?
「他の作品で面白い表現を聴けば覚えていますし、わからない表現に行き当たればすぐ調べたりはしています。僕は17年にまずカナダに渡って、お寿司屋さんでバイトをしながら英語を学びましたので、会話の仕方であったりジョークであったり、肌で学んできたのは大きかったと思います」
――その後、奨学金を得てバークリー音楽院に入学されたのですね。
「初日から、自分はブロードウェイの作曲家になりたいと言って動き回っていたら、業界の方々と繋がり、曲を見せに行って評価して頂いていろいろ教えて戴いたり、お金はいらないからレッスンしようと言ってくださる人もたくさんいて、かなり教えていただけました」
――自分をアピールするのは一般的な日本人は苦手かと思いますが…。
「人工的なアピールはあまりよろしくないと思います。初対面の時、日本人的な謙遜、“音楽とかやってます”みたいな言い方ではなく、“ミュージカルの作曲をやっています”とはっきり挨拶することは必要ですが、そこで興味を持っていただけたら先に進む、そのままであればそれ以上は進まない、という感じで僕はやってきています」
――『えんとつ町~』の話に戻りますが、作曲にあたってテーマにされていたことはありますか?
「物語を、キャラクターを読み込むことですね。言っていることと実際に思っていることが違っていることもあるので、そこも考えたり。また作者の西野さんの普段の活動も知っていないとわからないこともあります。例えば、西野さんは例年、ハロウィンではゴミ拾いの活動をされていて、本作に出て来るハロウィンは西洋のハロウィンではなく、渋谷のハロウィンなんですよ。渋谷のあの仮装って、ただ楽しいだけでなく、普段抑圧を感じている人々が我を忘れているという側面もあって、ちょっと物悲しい部分もある。それもふまえて作曲すると、何年か経っても思い出してもらえるような曲になるんじゃないかと思って、そういう裏付けはかなり頑張りました」
――ハロウィンの曲はジャジーで、雰囲気のあるナンバーですね。
「そうですね。最初に作った曲でしたが、ダンサブルにしたいということで、ジャジーかつブロードウェイ・スタイルの楽曲を楽しんで作りました。西野さんにも気に入って下さいました」
――日本人的な発想がNYでは伝わらず、変更したということはありますか?
「ありません。僕はそれは敢えて残したいと思っていました。『えんとつ町~』の話には、皆が互いに監視しあって出る杭をたたくというようなメッセージが入っていて、読み合わせの時に“日本ではこういうことがあるんだけど、わかる?”と現地の俳優たちに聞いてみたら、アメリカは個性の国だけど“わかるよ”“私も小学校で個性をたたかれないか、びくびくしてた”といった声があって、普遍的なことはどこであっても伝わると思いました。もう一つ、自身のカルチャーは必要だなと思っています。僕は日本育ちで20何年かは日本にいたわけで、そのことが新しいものを持ち込むと信じています。北米生まれの作曲家とはまた違う視点で、東の国からやってきた作曲家ならではのものを残したいと思っています」
――9月19,20日の配信の後、本作はどのようなプランをお持ちですか?
「コロナの動向次第ですが、目標としては劇場でコスチュームや照明等も含めて上演したいと思っていて、今回行っているクラウドファンディングは、そのための資金集めです。本公演では、ブロードウェイの劇場で一流のスタッフと共にやっていく予定です」
――一部のナンバーがYoutubeにアップされていますが、ここで歌っている方々が配信版でも出演されますか?
「入れ替わりはあります。本公演に関しては、実務的な条件でふるい落としていくことになりそうです。NY州外から入ってくるには14日間の自主隔離が条件なので、まずNY州在住の人。そして2週間ホテルを借り上げて皆で合宿しながら稽古ということもあるので、そういう前提があっても構わないという人の中からオーディションしていくと思います」
――年内に実現しそうでしょうか?
「年内は無理でしょうね。ブロードウェイは来年1月まで開かないことになっていて、オフ・ブロードウェイはそれよりは早いという見込みはあるけれど、客席を減らした中でとなるとやりくりが厳しいです。僕らも手をこまねているけれど、最大限の策としてまずはオンラインで楽しんでいただけたら、という思いです」
――条件が揃えば、先に日本で上演するとか…?
「可能性はゼロではないと思いますが、こちらの俳優のユニオンはいろいろと制限があるので、どうでしょうか。最終目標はやはりNYでの上演です」
――どんな方にご覧いただきたいですか?
「ミュージカル好きの方にはもちろんですが、今回、『えんとつ町~』のことは知っていたけどミュージカルは観たことが無い、という人がたくさんチケットを買って下さっているんです。そういう方々に、ミュージカルって文学性、芸術性の高い世界なんだな、こういう世界もあるんだなと知っていただけると嬉しいですね。また日本の方々に、英語のミュージカルの韻の面白さを感じていただければと思っています」
(取材・文=松島まり乃)
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*オンライン配信情報 『Poupelle of Chimney Town』9月19日(前編)、20日(後編)それぞれ21時~。
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