Musical Theater Japan

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『ダディ・ロング・レッグズ』観劇レポート:“ディスタンス”を超えて輝く、絆と希望の二人芝居

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『ダディ・ロング・レッグズ』 (C)Marino Matsushima

客席通路を通り、下手側から若い女性がステージへと駆け上がる。孤児院の院長に呼び出された“一番年上のみなしご”ジルーシャは、自分の作文が篤志家の目にとまり、大学進学のチャンスを得たことを知らされます。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

以降の舞台はおおむね、彼女から篤志家(彼女が呼ぶところの“ダディ”)に宛てた手紙を彼女自身、そして受け取ったダディが読み上げる形で進行。ピアノとギター、そしてチェロの優しい音色に彩られ(作曲=ポール・ゴードン)、新たな世界に足を踏み入れたジルーシャの胸躍る日々が語られてゆきます。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

1912年の発表以来、世代を超えて愛されてきた『あしながおじさん』(ジーン・ウェブスター著)を、ジョン・ケアード(『レ・ミゼラブル』『ナイツ・テイル』演出)がミュージカル化。日本では2012年に初演、たちまち人気演目となったこの舞台は、手紙を受け取るダディの内面についても、踏み込んだ描写があるのが特徴的です。原作ではジルーシャの文章一つ一つについて彼が何を感じているかは記されていませんが、本作のダディはまず、“あなたは白髪?、それともつるっぱげ?”と天真爛漫な問いかけで手紙を結ぶジルーシャに“面白い!個性的!(「年寄り」)”と目を見張ります。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

また手紙の末尾に“愛をこめて”というフレーズが添えられているのを見ると、“なぜ彼女は愛と書くのか”“何か見過ごしていないか”と当惑。これまで様々な文学に触れてきた教養人のダディが“らしからぬ”混乱を見せる様から、実生活の中での“愛”には疎く、どちらかと言えば不器用な人物像が垣間見えて来ます。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

実はジルーシャが想像するような白髪の紳士ではなく、彼女と一回りほどしか歳の離れていないダディ…本名ジャーヴィスは、身分を明かして彼女にがっかりされたくないと思い、姪っ子が彼女の学友であることを利用し、大学寮を訪問。その後も彼女たちをNYに招待するなど、実際に姿を見せる“ジャーヴィス”と手紙を受け取るだけの“ダディ”という二人の人格を使い分け、彼女と接点を持ち続けます。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

物質主義的な生き方を嫌ういっぽう、コミュニケーション下手で大人になり切れていないジャーヴィス。この舞台が、“女性が一方的に幸運を享受する”物語ではなく、与える側・与えられる側という関係の二人がいつしか互いに支えあい、ともに成長してゆく…そしてそこにロマンスも?という骨格を持つものであることが、明確になってゆきます。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

女性の社会進出が困難だった当時と今とのギャップや、演劇としての面白さが考慮された脚本。またジルーシャのナンバー(「ミスター女の子嫌い」「他の子のように」等)にダディがコーラス的に参加する趣向も、観客にジルーシャの抱いているダディの存在感、そして“自分には手紙を書く相手がいる”という温かな感覚を共有させ、効果的です。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

練り上げられた脚本・演出を細やかに、過不足なく演じるキャストも、本作の大きな見どころです。坂本真綾さんは一つ一つの音、言葉を正確に発しつつ、ジルーシャの喜怒哀楽…学友たちが当然のように身に着けている教養が自分にはなく、大きく後れをとっていることに愕然としながらも追いつこうとする健気さ、ダディの“正体”に興味津々で探りを入れるユーモア、そして懇願したにも関わらず卒業式にダディが現れなかった(と彼女は思っている)ことでの落胆等々を、鮮やかに、嫌みなく表現。ダディならずとも、ひたむきに生きるこのヒロインに心寄せずにはいられないでしょう。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

ダディことジャーヴィス役の井上芳雄さんは、無意識のうちに育まれていた自信が揺らぎ始める瞬間(「彼女の愛とは?」)や、彼女が卒業し、“ダディ”としての役割を終えたことで空虚感に襲われるさま(「チャリティ」)を繊細に歌い上げる一方で、男性学生にジルーシャの関心を奪われまいと、ジャーヴィスとして学生寮を再訪したり、秘書を名乗ってタイプライターを打つ場を稚気たっぷりに演じ、“白馬の王子様”などではない、人間味豊かな男性像を体現。彼がどんな変化を遂げてゆくか、おおいに興味をそそります。

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『ダディ・ロング・レッグズ』(C)Marino Matsushima

支援の期間が終わり、月に一度の報告のつとめが無くなってからも、“ダディ”に手紙を書き続けるジルーシャ。物理的な“ディスタンス”にも関わらず、(そしてジルーシャ的には顔も知らないまま)、手紙を介して、いつしか互いの存在を心のよりどころとしてゆく二人の物語は、期せずして、“今”を生きる人々…行動が制限され、自由に交流することもままならない人々への、ささやかな贈り物、と言えるかもしれません。ジャーヴィスが意を決することで、二人の関係は大きく変化。ナンバー終わりで照明を落とす潔い幕切れとともに、ふと希望が、そして明日を生きる勇気が湧いてくる舞台です。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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公演情報『ダディ・ロング・レッグズ』9月4~10日=シアタークリエ、9月12~14日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、9月19~22日=御園座、9月24~27日=東京建物Brillia Hall 公演HP