1965年、アメリカ東海岸で起こった大停電(「ニューヨーク大停電」)を背景として、都会の片隅でもがく人々を描いたロマンティック・ミュージカル。2014年にオフ・ブロードウェイで上演され、ドラマ・デスク・アワードのミュージカル部門作品賞にノミネートされた『Fly By Night』が、板垣恭一さんの演出で日本初演されます。
クラブル(内田紳一郎さん)のサンドイッチ店で働く青年ハロルド(内藤大希さん)は、ブロードウェイ・スターを目指してNYにやってきたダフネ(青野紗穂さん)と出会い、恋に落ちる。彼のもとには時折、妻を亡くした父(福井晶一さん)から電話がかかるが、ハロルドには父の孤独を受け止めきれない。ダフネが脚本家ジョーイ(遠山裕介さん)に見いだされ、多忙となる一方で、ダフネの内気な姉ミリアム(万里紗さん)は占い師から予言を受け、“運命の相手”がハロルドであることに気づく…。
ハロルドを巡る三角関係を軸として、彼とその周囲の人々の“大停電までの1年間”が描かれるミュージカルですが、一つ顕著なのが、構成の面白さ。時系列に進んでゆくわけではなく、原田さん扮するナレーターがしばしば“では〇ヶ月前に戻しましょう”と号令し、時空を超えて過去のシーンが再現。そしていつの間にかもとに戻っている…という具合です(作・ウィル・コノリー、マイケル・ミトニック、キム・ローゼンストック)。そこにはどんな意図があり、キャストの皆さんはそんな劇世界をどう楽しんでいるでしょうか。演出家・キャストの皆さんからいただいた回答を役どころについてのコメントとともに、そしてプロデューサーの開幕直前コメントをお届けします!
断片的なものをかき集めながら、僕らは一つの人格として生きている。
――本作は1964年から65年の大停電の夜までの一年間を行きつ戻りつするお芝居ですが、そこにはどんな意味があるのでしょうか。キャストの皆さんは、この劇世界をどう感じていらっしゃいますか?
板垣恭一(演出)
「リアリズムということで言えば、時系列で進んでいくほうが、お客さんはぱっと見、置いて行かれることがないので得だと思います。ただ、実際の僕らの脳みそは時系列で進んでいるわけではなくて、何気なしに昔のことを思い出したりするじゃないですか。そういう時、時間は過去にぱーっと飛んでいる。人間の脳みそって意外と自由だし、僕らは確固たるものに繋がって生きてるわけじゃないかもしれない。“Fly By Night”という英語を、僕は“刹那の、つかのまの”と解釈しています。断片的なものをかき集めて僕らは一つの人格として生きている。本作の、時間が行ったり来たりする構成は、そういったものを補足する役割を果たしているのかもしれません。演出家としては、そこでお客さんが混乱しないよう、気をつけて演出しているつもりです」
内藤大希(ハロルド役)
「(確かに)最初は次、何だっけ…というのはあったけど、今の段階ではそれは解消できています」
青野紗穂(ダフネ役)
「大変ですよ(笑)。さっき板(垣)さんがおっしゃったみたいに、そのまま(時系列で)進めば楽なんですが、時間が戻ると自分の時間軸とずれる気がして。でも、大変ではあるけれど、やってみるといろんな場所、時間にトリップできるので楽しいです。難しさと楽しさで“うわーっ”という感じです(笑)」
万里紗(ミリアム役)
「個人的には(この構成は)すごく楽しいです。場面と季節感がリンクしていたり、家だったりカフェといった要素が演じやすい材料になっているし、物語を豊かにしてるように思います。それぞれの場所、時間を演じる皆が沈殿させていくことで、2幕のエネルギーがものすごいことになっていて楽しいです」
遠山裕介(ジョーイ役)
「役者としては大変です。あ、ここ飛んだここ飛んだ…と思いながら覚えるのが。でも、飛ぶことに大切な意味があるわけで、それを大事にしながら演じています。大変だけど楽しくやらせてもらっています」
内田紳一郎(クラブル役)
「今、どこやってるんだろうか…と混乱したりしてますし(笑)、あそここうすればよかったなぁと反省してたら今どこだ!となったこともあります(笑)。でもその瞬間、瞬間にぱっと切り替えていく、潔くということが積み重なることでテンポが出て来るし、僕らはふつうに生きてる時もその瞬間、その瞬間に喋ってるわけじゃないですか。なるべく先のことはわからないようにやろう…と思いつつ、よく失敗してます(笑)」
福井晶一(マックラム役)
「(本作では場面転換も俳優が行うという演出のため)転換をやるうえでは全てのシーン把握してないと迷惑かかってしまうので、助け合いつつ、ものすごい集中力でやってます。それによって(常に)物語に参加してる感じもあって、舞台としてもいい方向に行っているんじゃないかと感じます。あと、(時間があちこち動くことで)ここでこう繋がるのか、この台詞がきっかけだったんだというのがわかってきて面白いです」
(板垣さんよりここで、「福井さんの役は台詞は多くないけど、2幕にものすごいナンバーがあります。この芝居の中で一番長い、いい曲なので、楽しみにしていてください!」と追加コメントが。)
原田優一(ナレーター)
「時間軸と場所の移動で一番翻弄されているのは、(ナレーターである)私だと思います(笑)。この役目を任された私の運命だと思ってしっかりやらしていただきたいと思いますが、この構成によって今回の登場人物たちの関係性がより濃く、こういうエピソードがあったからここに繋がるというのが、よりわかる気がします。昨日通し稽古をやって、この時間軸のずれがあるから私も説明しやすいんだとわかりました。ここはこういうことだったのか、と気づいたり…。何を言っているのかと言いますと、つまり、2回目、3回目の鑑賞も楽しめます、ということです(笑)」
宋元燮プロデューサー、開幕直前コメント
――現時点での手応えはいかがですか?
「とてもいい感触です。これまでのMusical Dramaシリーズの流れを組みつつも、またちょっと違うテイストの作品に仕上がっていると思います。音楽も些細な人間ドラマも丁寧に構築されていますので、是非たくさんの方に観ていただきたいです」
――特に注目いただきたいポイントは?
「群像劇らしく誰の視点に寄り添うかでドラマの見え方が少し変わってくると思います。
それぞれの登場人物のテーマとなる音楽にもキャラクターを活かすための特徴が盛り込まれていますので、音楽に身を委ねながら、客席で登場人物たちと一緒に生きてみてください」
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『Fly By Night ~君がいた』9月1日~13日=シアタートラム、9月19~22日=赤レンガ倉庫1号館3Fホール 公式HP