Musical Theater Japan

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春風ひとみ「ゴール無き世界でひたすらに」《輝きの人インタビューvol.1》

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春風ひとみ 東京都出身。『王様と私』で初舞台。宝塚歌劇団月組を経て、ミュージカル、ストレートプレイから映像まで幅広く活躍。『壁の中の妖精』で第28回紀伊國屋演劇賞個人賞、『夢、クレムリンであなたと』で文化庁芸術祭賞、『私の下町―母の写真』で文化庁劇術祭賞大賞受賞。6~7月には『リューン~風の魔法と滅びの剣』に出演予定。©Marino Matsushima


『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト』のお茶目なご長寿シスターからオリジナル作品まで、様々な舞台で活躍する春風ひとみさん。的確な演技で舞台を引き締め、スタッフ・共演者からも観客からも信頼される春風さんが、ライフワークとして取り組むのが一人ミュージカル『壁の中の妖精』です。

スペイン戦争に翻弄された一家の物語を、たった一人で演じる本作は1993年の初演から絶賛されてきましたが、今回は9年ぶり、もしかしたら最後かもしれないとのこと。今秋再再演となる『天使にラブ・ソングを~』の話題も含め、春風さんの演技への情熱をたっぷりとうかがいました。

戦争に巻き込まれる市民の物語を、祈りを込めて演じたい

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『壁の中の妖精』

――まずは『壁の中の妖精』についてうかがいます。本作は春風さんの代表作と呼ばれていますが、今回、実に9年ぶりの上演ですね。

「プロデューサーの木山潔さんが13年に亡くなったことが、再演に踏み切れなかった最大の理由です。その後何度か話はあったのですが、作・演出の福田善之さんがOKを出されなかったことと、本作は母と娘と父の話が軸で、私の母が亡くなったこともメンタルの部分で大きかったです。ただ、福田さんを筆頭にスタッフの皆さんが年齢を重ねて来られた中で、この作品を残していきたいという思いが強く、今回の公演が実現しました」

――スペイン戦争後の30年間、独裁政権の虐殺から逃れるため壁の中に隠れていた男性の実話がもとになっていますが、煎じ詰めるとどんな物語ととらえていますか?

「戦争がどれだけ人間を傷つけるか。終わればすぐ平和になるという簡単なものではなく、本作では30年の長きにわたり、一家が苦しみます。こういった苦しみは世界中に今もあるし、むしろ世界中が戦争の方を向いているような危うさもある。そんな中で私は役者として、いかに戦争が人を傷つけるか、この作品を通してお伝えしていきたいと思っています」

――戦争は単なる“背景”ではなく、作品の中心にあるのですね。

「ええ、戦争の巻き添えをくらった市民の話です。市民って、国から発せられたことで一番不幸になって悲しい思いをする存在。平和を祈りましょうというような甘い話ではないと思っています」

――どんな経緯で生まれた作品でしょうか?

「脚本家の福田善之さんが以前『れすとらん自由亭』という、スペイン戦争に参加した日本人の物語を書かれた時、資料の中に本作の原作『壁に隠れて』があり、当時から一人ミュージカルにしたいと考えていらしたそうです。そんな折に私が出演した二人芝居をご覧になった本作の企画の福原圭一さんが、“こんな女優さんがいるよ”と私を紹介して下さったのです」

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『壁の中の妖精』

――“一人ミュージカル”はとても珍しいですよね。

「一人芝居はある程度キャリアのある方が集大成として演じるものというイメージがあり、オファー頂いた当初は“とんでもないこと”と思いました。けれども当時私は、日本ではミュージカルの歌部分は声楽の方、踊りの部分はダンサーという感じで分業していたり、歌が入るとそこで作品(の流れ)がストップしてしまう傾向があることに疑問を持っていまして、福田さんから、ミュージカルでも曲が歌われる際には2,3分の時が流れているべきだという考えを伺った時、この作品を通してミュージカルに対する私の疑問も解決していけるのではと思い、飛び込んだのです」

――実際にやってみていかがでしたか?

「歌と語りの匙加減が難しかったです。また感情が溢れた時、音程からはみ出るということもあっていいと思いますが、どこまでならいいのか。作曲家はそのメロディを望んで作っているわけですから、歌わないのは良くないですよね。その点、本作は作曲家の上田亨さんと話し合いながらやっていけるのでとても有難いのです。

本作には“生きているって素晴らしい”というナンバーが3回登場するのですが、これにどう変化を持たせるか。歌い上げることもあれば台詞としてスタートするということもあり、一つの楽曲でこれだけ表現を工夫できるのがとても面白いです」

一人ミュージカルの本質は“義太夫”

――93年の初演から長く演じて行く中で、お芝居も変わってきたでしょうか?

「演技の質はかなり変わってきていると思います。本作にはたくさんの人物が登場するので、初演当時33歳で演技の“え”の字もわからなかった私は声色を変えることで台詞を覚え、福田さんによく”演じ分けは考えるな“と言われていました。回を重ねる中で、次第にこの一人ミュージカルの本質は義太夫のようなものであって、”演じ分け“がメインではないのだと分かってきました」

――ストーリーテリング(物語り)ということでしょうか。

「ええ、お母さんと娘が回想する物語ですが、例えば娘が“お母さんはこう言いました”という”ト書き“部分には、娘が母親をどう思っているかも含まれていて、むしろそれに続く台詞以上に重要なんですね。資料として頂いた志ん生さんの落語のテープを聴いていても、熊さん八つぁんの声色はほとんど変えずして物語がきちんと伝わる。こういう表現を勉強できたことは、大作ミュージカルに戻った時にとても役立っています。ミュージカルって表現過多になりがちだけど、自分の中でセーブして、ただそこに存在する。そして歌の中でばっと表現する、ということが出来るようになったのは、この作品のおかげです」

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『壁の中の妖精』

――今回は“作品を次代に伝える”ことを意識されているのですね。

「私がこの形で本作を演じるのは、今回が最後だと思います。語って歌って踊って、夫婦喧嘩のシーンで投げ飛ばされてという芝居を思い切りできるのは、やはり30歳前後がベスト。今回の公演を観て、若い女優さんの中で”やりたい“と手を挙げてくれる人が出てきたら嬉しいですね。私自身、角度を変えて朗読劇化といったことはやっていきますが、ミュージカルという形で繋いでいってくれる人がいたら渡していきたい。私はモデルとなった娘のマリアさんに会いに現地に行き、”こんなに遠い国の人が“と舞台化を喜んでいただいたこともあり、この物語を埋もれさせたくないのです」

――これだけの内容を30歳でとなると、ハードルは高いですね。

「私だって初演の時は出来ませんでしたよ。出来ないなりに闘っていくというのが大事で、役者にゴールはないというのはまさしくこういうこと。時間はかかります。60歳目前の私がやる姿を見て、何かを感じてもらえたらと思います」

クラウドファンディングに踏み切った理由

――実は今回の公演を筆者が知ったのが、クラウドファンディングの告知記事でした。製作費の一部をクラウドファンディングで募ることは、どのように思いつかれたのですか?

「私もネットはすごく苦手ですが(笑)、未来にこの作品を繋げていきたいと思った時に、若い人たちの目につくところに出て行かないと、と思ったんです。本作の関係者は振付家の上島雪夫さんはじめ、年月を重ねて巨匠になっている方がたくさんいらっしゃいます。そういう方たちに対して“お友達価格でお願いします”というのは、演劇界ではよくあることですが、いいことではありません。出せるところまではきちんとしたお仕事として出したい。それはこれからの演劇のあり方として大切なことではないか、そこに賛同してもらえるかなというのがあって、クラウドファンディングに足を踏み入れました」

――製作費の内訳が或る程度記載されています(告知はこちら)が、公開することに対して葛藤はありませんでしたか?

「舞台をご覧いただいている間は夢を見て頂くわけですが、その背景にはこれだけお金がかかるというのは知ってほしいと思いました。出演者が私とピアニストとギタリストだけなので、全国公演もものすごく小さな予算で済むと思われることがありますが、例えば機材を運んでくださるトラックの運転手さん含め、これを作るのにどれだけの人が動いているのか、全部オープンにしたほうがいいんじゃないかと思ったんです。

結果的に、金額面での手応え以上に、賛同して下さった方々のメッセージが熱く、中には過去に子連れで観たが、今回は三代でご覧下さるという方もいらっしゃり、演劇ってこうやって浸透していくんだなと役者冥利に尽きます。こうした思いはクラウドファンディングをやらなければ味わえなかったと思います」

『天使にラブ・ソングを~』シスターたちの連帯の理由

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『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト』

――『壁の中の妖精』の後には、大作『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト』再再演が控えています。ギャングに追われたヒロインが修道院に逃げ込んでというミュージカル・コメディで、春風さんはシスター・メアリー・ラザールス役。大いに笑わせつつ、クライマックスでぐっとくる日本版は大変好評ですね。

「『天使にラブ・ソングを』は、シスター役同士でものすごくディスカッションした作品です。稽古が終わると毎日話し合い、ここは(演出の)山田(和也)さんに聞いてみようねと言ったり。そういう絆って、目に見えてお芝居にも出てくるんですね。それがコーラスのシーンであったり、クライマックスに繋がって成功したのだと思います。今年の公演でもそういうことが出来たらいいなと思います。

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『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト』写真提供:東宝演劇部

この作品にはアンサンブルのシスターがたくさん登場しますが、アンサンブルって、ただそこで歌ったり踊ればいいというものではないんです。みんなが作品の一部であって、皆が活きてこないと作品になっていかない。アンサンブルこそ芝居。それを作るのが一番楽しいところだし、私はむしろソロで歌うより楽しいと思っています」

演じる喜びを噛みしめながら

――春風さんは芸歴55年と、とてつもないキャリアをお持ちです。

「自分でもびっくりですよ(笑)。初舞台は4歳の時、市川染五郎(現・松本白鸚)さんの『王様の私』初演で一番小さい王女役。アンナ先生役の越路吹雪さんに抱っこしていただいた写真は、今でもミュージカルに出演する時、鏡の前に置いています」

――春風さんにとって、演じる喜びとは?

「お客様の人生に触れるということですね。例えばお仕事で嫌なことがあっても、舞台を観ている瞬間はそのことを忘れて笑って泣いて、明日もまた頑張ろうと思って下さったり、誰かのことを…例えばお母さんのことを思い出していただけたり。そういうことに一瞬でも寄り添えるのが、俳優の醍醐味であり喜びです」

――日本のミュージカル界でこうなったらいいなと思われることはありますか?

「オリジナル作品から商業ミュージカル、2.5次元まで、最近はいろいろなミュージカルの形があって、それぞれに高めていけるといいなと思います。そのためには『天使にラブ・ソングを』で私たちがやったように、ディスカッションを厭わないこと。

以前、『レ・ミゼラブル』のワークショップで演出のジョン・ケアードが“日本の俳優は大人しいが、演出家も脚本家も人間なのだから間違うことがあるかもしれない。ここはどういう意味だろうと思ったら臆さず聞いて、一緒に作っていって欲しい”とおっしゃったのが印象に残っています。自分は俳優だから、若いからと受け身になるばかりでなく、皆が積極的に発言していけるといいですよね」

――表現者として、どんなビジョンをお持ちですか?

「もっともっと勉強していきたいですね。カンパニーで年齢が上のほうになってくると、演出家にも“こうだよ”と言ってもらえず寂しいです。俳優はたたかれてなんぼですので、若い演出家にも出会いたいし、長くやっている演出家の方にも、お体が元気なうちにもっと会いたい。私は器用だと思われているようですが、実際はすごく不器用。見えないところで、普通の3倍くらい稽古しているだけです。いい演出家、いい共演者たちに出会いたいし、オファーがあった時に稽古に耐えられる体力も持っていたいと思っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)

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*公演情報*『壁の中の妖精』5月9~12日=東京芸術劇場シアターウエスト 公式HP 『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト』11月15日~12月8日=東急シアターオーブ 公式HP

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