Musical Theater Japan

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柴田麻衣子の連載エッセイ「夢と夢のあいだ」vol.2"夢のはじまり”

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画・柴田麻衣子

博多座のすぐ近く、川端商店街には私の人生を救ってくれた占い師がいる。
彼は毎晩、商店街のお店が閉まる頃に現れ、シャッターの前に陣取り、「座る勇気」という看板を掲げ、行き交う人々の相談を受ける。四柱推命の占い師だ。

 

彼に出会ったのは10年前。それから人生の折々に助言をもらっている。こう書くと私が占いを信じて生きているように思えるが実際は違う。占いを信じているわけではなく、その占い師を信じているのだ。

 

10年前、私は人生に悩み心のバランスを崩してしまった。食事も睡眠もろくにとれず、生きている心地がしなかった。

 

その年の秋、今の夫が演出部としてついていた作品の地方長期滞在公演があり、はじめの1ヶ月間博多座でお世話になることになっていた。今考えると小っ恥ずかしいけれど、その時の私は訳も分からず、とにかく自分の現実である東京から逃げるようにして、夫の地方巡業についていくことにした。

 

私たちは博多座から川端商店街を抜けた先のウィークリーマンションに滞在することになった。
知らない土地に、着の身着のまま来てしまったので、なにもできず毎日ただただ夫の仕事の帰りを待つという日々がはじまった。
「ヒルイチ」と呼ばれるマチネ一回公演の日、夫は夕方に帰ってくる。そういう日は夕方から、九州出身の夫に福岡の思い出の地を案内してもらったり、私の事情を知り心配してくださっていた夫の慕う舞台監督さんに、食事に連れていって頂いたりした。

 

二回公演の日は、夜遅くまで夫の帰りを待つことになる。
私は午後になると毎日川端商店街に出掛け、商店街の人達と時間を過ごした。
東京では一歩外に出るのも恐くてできなかったのだが、自分のことを誰も知らない土地では不思議と外に出るのが恐くなかった。
呉服屋さん、服屋さん、子供服屋さん、美容室など、温かい商店街の人々は買い物するわけでもない私の話し相手になってくれた。

 

そうして夜になりお店が閉まる頃、あの占いのおじさんが登場する。
いつもの場所に陣取ると、お客さんを迎えるまで私とのお喋りに花を咲かせてくれた。お客さんが来ると中断して、帰るとまたお喋りを始める。
夫が仕事帰りに通りかかるまで、そのお喋りは続いた。

 

もちろん占い師なので最初は私のこと、演出家を目指す夫のこと、二人のことを占ってくれたが、毎日のように会ってお喋りするうちに、沢山のことを話してくれた。
彼が長い間一緒に暮らしているパートナーのこと。彼女も占い師だ。彼が昔吹奏楽部の顧問をしていたこと。おすすめの本。人生哲学。多岐に渡る話の内容と彼の人柄が、私に元気を与えてくれた。

 

目標を失い、過去も未来もなくなったような気がして、自分を認められなくなっていた私は、その瞬間だけの私を見て、私にかけてくれる彼の言葉を頼りに、一日一日過ごしていた。

 

いつか夫の演出する作品が博多座で上演されるように。そしていつかこの占い師さんとパートナーのお二人に、自分たちの作った舞台を観てもらえるように頑張ろう。
一ヶ月が過ぎ、博多で過ごした夢のような時間と、その二つの夢を胸に東京に帰った。

 

占いは未来を予言するものではなく、未来をつくるものなのかもしれない。

感覚を信じていけば必ず成功すると言われたあの日から、その言葉を信じて、沢山の作品に取り組んできた。
辛いことがあった時には、今夜もまた彼はいつもの場所で、人々の話を聞いているのだろうと想像した。彼が話してくれたことを思い返し励みにした。

 

昨年の5月、福岡で私たちの作品を上演できることになった。10年前には想像もできなかった素晴らしい役者さん方にご出演して頂いた特別公演に、お二人をご招待することができた。
夢の一つが叶った。

 

そして今年のお正月、博多座で夫の演出する作品が上演された。
私は博多に行けなかったけれど、夫が川端商店街で彼のパートナーに会え、博多座での公演をとても喜んでくれたと電話で報告してくれた。
ちょうど10年目に、もう一つの夢が叶ったのだ。

 

夢の階段を登る時、私はいつもあの博多の日々を思い出す。
とんこつラーメンの匂い、中州の夜の街並、川端商店街のアーケードとお店の人々。そしてあの看板の横で座るベレー帽の彼のことを。

やっぱり占いは未来を予言するものではなく、未来をつくるものだった。

(文・画=柴田麻衣子)

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柴田麻衣子 愛知県出身。早稲田大学在学中に劇団TipTapの旗揚げ公演「Flag of Pirates」に参加。それ以降、俳優として参加。劇団解散後、プロデュースユニットとしての活動では美術・制作を担当。「Count Down My Life」よりプロデューサーとして作品のプロデュースを担いながら、作品のプロダクションデザインを手がけている。舞台美術家としても活動しており、主な参加作品に「Working」、「幸せの王子」(映画演劇文化協会)、「Sign」(ミュージカル座)などがある。(画・上田一豪)