
三つの顔と六本の腕を持つ阿修羅像。今からおよそ1300年前に造られ、現在は奈良の興福寺に国宝“乾漆八部衆立像”の一つとして安置されているこの仏像には、どんな背景があるのか…。
前作『相依為命~あいよっていのちをなす~』が好評を博した劇団四季出身の演出家・苅谷和暉子さんが、作曲家の西出真理さん、振付家の菊池恵衣さんとともに、ミュージカル・クリエイター・ユニット“菫色”を結成。第一作として、天平文化の傑作として知られる仏像を巡る、“あったかもしれない”人間ドラマを舞台化しました。

フレッシュな新星、劇団四季からの客演、“耳のきこえないアイドル”など多彩なキャストを迎え、いよいよ開幕する歴史ファンタジー・ミュージカル『ASURA』。苅谷さん、主演の石津秀悟さん、ヒロイン役の中嶋元美さんに、初日直前の手応えをうかがいました。
脚本・作詞・演出 苅谷和暉子インタビュー:歴史ファンタジーを通して問う“なぜ、生きるのか”

――本作はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
「私は中学生のころから仏像が好きで、今回取り上げた阿修羅像も奈良に行った時に見に行ったことがあり、いつか仏像の物語をやりたいと思っていました。
一方、私はいつか新作歌舞伎を書きたいという夢を持っていまして、題材を探す中で、興福寺の阿修羅像が女性…光明皇后をモデルにしている可能性があるという説に行き当たり、また像の作者の名前は残っていますが、渡来系ということしかわかっていないらしく、非常に興味を覚えました。
今回、新作ミュージカルを書くにあたり、はじめは現代劇を考えていましたが、前作(愛新覚羅溥傑と浩夫妻を描いた『相依為命~あいよっていのちをなす~』)が好評だったこともあり、歴史ものを通して今の時代にメッセージを伝えたいと思い、この物語を書き始めました」

――苅谷さんは劇団四季で俳優として『ライオンキング』等に出演されていたそうですので、表現者との根はミュージカルかと思いますが、歌舞伎にもご興味があるのですか?
「劇団四季退団後に歌舞伎にハマりました。時代物より、実際にあった事件を扱った世話物だったり、『三人吉三』『女殺油地獄』のような、重めの作品が好きです」
――では例えば今回のミュージカルが、どなたか歌舞伎役者さんの目にとまり、歌舞伎化されるようなことになったらいいですね。
「ありうるといいなと思っています!」

――本作を通してどんなメッセージが伝わるといいなとお考えですか?
「今回、二年ぶりのミュージカルなのですが、その間に私の周りでは家族が亡くなったり、逆に誕生したりということが起き、生きるということが何なのかとすごく考えさせられた二年間でした。いろんなメッセージを組み込んではいますが、その核にあるものとしてキャストにも伝えているのは、“なぜ生きるか”ということ、そして主人公が葛藤し、傷つきながら生きていくということ。お客様にもその部分が響くといいなと思っています」
――今回の公演では、主人公スジンを慕い続けるヒロイン、ソリ役を“耳の聞こえないアイドル”、中嶋元美さんが演じています。彼女を起用した理由をお教えください。
「SNSでたまたま彼女の動画投稿を目にして、こういう方もいらっしゃるんだと思ったのがきっかけです。ミュージカルに出てみたいということだったので、共通の知り合いに紹介していただき、昨年初めてお会いしたところ、学ぶことがとても多くて。
(舞台への障がい者の参加について)日本はまだ閉鎖的な感じがしますが、英米では当たり前に、障がいを持たれた方も一緒に作品作りをされています。日本にミュージカルが社会的に根付いていないと言われるのは、やりたいと思った人が目指しづらいといったこともあるのではないかと思います。
(表現したいという思いを持つ)彼女の力になりたいとも思いましたし、実際、彼女の表現力は非常に素晴らしく、この作品にとてもいい影響を与えてくれるのではないかと思いました。仏師は手を使いますが、彼女も手(手話)で表現します。最初は手探りではありましたが、いざ稽古が始まると、こちらとしては何の支障もないし、逆に助けられることの方が多くて、ミュージカルの質がぐんと上がっているなと感じています」

――ミュージカルには音楽という要素が欠かせませんが、中嶋さんはそれを空気やリズムで感じ、表現されているのでしょうか。
「彼女、すごいんですよ。聴こえていないはずなのに、音とバッチリ合っているんです。作曲の西出さんがつけたちょっとしたアクセントや、ちょっとした音を(きっかけとして)拾っています。空気感とか振動を通して漏らさずキャッチしていらっしゃって、おそらくとても視野の広い方なんだろうと思います」

――今後の活動について、どんなビジョンをお持ちですか?
「私はミュージカルに限らず、それこそ歌舞伎なども含めて、日本発の文化がどんどん(海外にも)出ていってほしいなという思いを持っています。日本には独自の素晴らしい文化がたくさんあるじゃないですか。そういうところを大事にした作品を、作り続けていきたいです。全世界の方に共感していただける、響くようなものが作れたらなと思っています。
また、中嶋元美ちゃんのような表現者が、目指したいと思ったら目指せるような環境作りを、作品を作っていく人が担っていくべきではないかと私は思っています。そういう環境、土台を、みんなで協力して作っていけたらと思っています」
スジン役 石津秀悟インタビュー:数奇な運命を辿る仏師役に、命燃やすつもりで挑んでいます

――石津さんは今回、刈谷さんから大抜擢されたのだそうですね。
「(本作でも作曲している)西出さんが手掛けた、ミュージカル座の『襷』という作品に出演していた時、苅谷さんが御覧下さり、西出さん経由でお声がけいただきました。
『襷』の時は命を燃やす役回りだったので、苅谷さんは今回の『ASURA』にもある、“生きるか死ぬか”の瀬戸際の部分みたいなところを感じ取ってくださったのかな…と僕は思っています。(期待に応えられるよう)今回も命を燃やすつもりでやっていけたらなと思っています」
――本作のどんな部分に魅力を感じますか?
「この作品はスジンという仏師の物語ですが、仏教や信仰心、“なぜ生きているのか”といった大きなテーマを扱っているところに、演じる意義を感じています」

――スジンは若い頃、“自分は奴婢に生まれなくてよかった”と言ってしまったりと、はじめは必ずしも共感しやすくはないところからスタートしていますね。
「スジンは自分の出自がわからず、ずっと無力感を抱えてきました。奴婢が虐げられる様子を見て、哀れには思うけれど自分は助けられない。そんな自分の弱さを憎んだりもしていました。
いっぽう、仏師ムテク様のもとで一緒に育ったソリという女の子は、困っている人にすぐに手を差し伸べることができる、正反対のキャラクター。スジンとしては羨ましさを抱きつつ、彼女に強く当たってしまいます。
彼女が一人の奴婢を助けるのを見て、“奴婢全員を助けられるのか。それが出来ないなら中途半端に手を差し伸べるべきではない”と言うスジンは、極端なまでに誠実な人なんだなと感じます。当初はずっと怒っている強いキャラだと思っていましたが、台本を読み込んでいくうち、共感も同情もできる人物だなと思うようになりました」
――お客様にどんなメッセージが届くといいなと思っていますか?
「1300年前が舞台ではありますが、現代の僕らにとっても、身近なテーマを扱う作品だと思います。今も“差別”というものがあるなかで、それをどう超えていくのか。根底から何かを変えていきたいという強い思いがこめられた作品だと思うので、そこを皆さんに観て頂きたいです。
僕は、一人の人物の生涯を演じるのが初めてなので、すごく緊張しているのですが、周りの人たちとどう関わり、影響を受けながら生きていくのか、丁寧にリアルに、共演の皆さんのお力を借りながら頑張っていきたいです」

――ご自身についても少しだけうかがいます。石津さんは洗足学園音楽大学で声楽を学ばれたのですね。
「僕は高校生の頃から声楽家の高田正人さんに歌を師事していて、さらにしっかり学びたいと思って(高田さんが准教授をつとめている)洗足学園に入りました。入学時はちょうどコロナの時期とかぶってしまって、マスクをして、パーテーションに囲まれながら歌うのがきつく、このままちゃんと歌えずに4年間終わってしまうのかと不安でしたが、徐々に解除されていって、歌唱についてもいろいろなメソッドを教えていただき、結果的には充実した日々を送れたと思っています」
――将来的に、どんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「これまではずっと歌を大切にやってきたのですが、いくつかの作品に出演させていただく中で、ミュージカルにおいては言葉を伝えるということが大事だなと感じるようになってきました。歌以前に、言葉を伝えるということを大切にしていける俳優になっていきたいなと思っています」
ソリ役 中嶋元美インタビュー:“手話で歌う”という新たな表現を、多くの方に届けたい

――中嶋さんは耳の聞こえないアイドルとして活動され、今回が初ミュージカルとのことですが、もともとミュージカルに対して興味はおありだったのですか?
「ミュージカルに出ることがずっと夢で、そのために頑張ってきたので、今回、一つの夢を叶えられたなと思っています」
――ミュージカルのどんなところに魅力を感じていましたか?
「聴こえていた(まだ聴力があった)頃、私はバレエを習い、音楽と共に生活をしていました。高校生の時に全く耳が聞こえなくなってからも、音楽と一緒に手話で表現をする“手話パフォーマンス”で頑張ってきて、音楽というのは“聴こえなくても大好きなもの”でした。ミュージカルは音楽とお芝居の双方で表現出来るのが魅力で、自分にも合っていると感じ、ミュージカル作品の中で、自分の声の代わりに手話で歌うということをやってみたいなと思っていました」
――中嶋さんのパフォーマンスは、手話はもちろん、特に目の表現が非常に豊かですが、演劇の勉強もされていたのですか?
「日本ではろう者が演劇を学べる場があまりありません。自分なりに、聴こえる役者さんたちのお芝居を観に行って学ばせていただいていました。
ですが来年やっと、NYに留学し、ミュージカルを学べることになりました。あちらでは、ブロードウェイミュージカルのアンサンブルの中にろう者がいたりと、演劇界にろう者が普通に参加しているそうです。現地での学びに備えて、今はASLという、英語の手話を勉強しているところです」

――日本でも、手話通訳サービスのある作品など、ミュージカルで手話に触れる機会も増えてはきていますが、作品そのものの中に手話で話される方がいらっしゃる、それも(ろう者の役ではなく健常者の設定で)敢えて手話という表現手段が選ばれているというのは、画期的なことではないでしょうか。
「本当に新しい形だと思っています。海外では珍しいことではないのですが、日本で今まで“ゼロ”だったものに挑戦できるのが、私自身すごく嬉しいです。今回の舞台を観て、ろう者の子どもたちが“自分にも出来るかもしれない”と夢を持ってくれたり、“ろう者が出るなら観てみたい”と思っていただけるようになったらいいなと思っています。
聴こえる皆さんにとっては、手話は“福祉の世界”の堅いイメージがあると思いますが、新たな言語、新たな芸術として今回、ご覧いただけると思いますので、どう感じていただけるのか、私自身、すごく楽しみにしています」
――例えばソロナンバーを手話で表現する際、テンポを工夫したり、一つ一つのワード(に対応する動き)を粒だてたりといったことはありますか?
「例えば喧嘩のシーン、怒っているシーンの時には、いつもよりバッと力をこめて指さしたり、といった工夫はしています」
――大勢で歌い踊るシーンもありますが、音楽に“乗る”ことに難しさを感じることもありますか?
「難しい面もあります。 バラードなど、テンポがゆっくりな曲だと、やはり最初の頃はなかなか自分で掴みきれないので、カウントを確認しながら何度も何度も練習を繰り返します。いったん掴めてしまえば、そのカウントのなかで自由に表現でき、楽しくなってきます。出来るようになるまでの過程も楽しむようにしています。
どんな音楽(旋律)に乗って動いているのか、聴こえる皆さんはもちろんおわかりですが、私はわからないので、想像の世界の中で(手話で)歌っています。自分の中では、透明のキャンバスに絵を描いているようなイメージです」

――今回演じるソリは、スジンへの思いを内に秘めた女性ですが、どの程度共感されますか?
「私達ろう者は、社会の中でみんなに合わせてはいるけれど、どこかで孤独を抱えていて、一人になった時に本音を吐露することもあるので、歌になると感情をストレートに表現するソリには、共感できる部分があります。
また、ソリには、社会に対して“これはおかしい”と反抗するシーンがありますが、私も今の“聴こえる社会”の中では少数派なので、なかなか自分の考え方が認められないなと感じることがあります。そういったところでも近しさを感じています」
――今回の舞台を通して、どんなメッセージを伝えられたらいいなと思われますか?
「私達は決して一人で生きているわけではなくて、たくさんの人と出会って、影響を受けながら生きているのだな、と私自身、改めて思います。お客様にも何かを感じていただけたらいいなと思っています」
――表現者として、どんな夢をお持ちですか?
「やはり、ミュージカルにたくさん出演することが第一の目標です。今の日本のミュージカル界に、新しい風を吹き込みたいです。もし他にやる人がいなければ、自分で率先してやっていきたいなと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ASURA』7月1日~5日=ザムザ阿佐ヶ谷 公式HP
*苅谷和暉子さん、石津秀悟さん、中嶋元美さんのポジティブ・フレーズ入り色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。
*一部舞台写真につきまして、主催様のご要望によりいったん掲載を保留致しておりましたが、確認が取れましたので、改めて掲載しております。(7月2日12時)