
1992年のハリウッド映画をもとに2010年にブロードウェイで開幕、トニー賞作品賞にノミネートされた『奇跡を呼ぶ男』(原題“Leap Of Faith”)が、満を持して日本に上陸。詐欺師の男の心の軌跡をアラン・メンケンの音楽に乗せて描く本作で、主人公が訪れるカンザスの小さな町の保安官マーラを演じるのが、24年まで劇団四季で数々の大役をつとめた真瀬はるかさんです。
竹内涼真さん演じる詐欺師ジョナスに対して、すぐに胡散臭さを見て取り、警戒しながらも、いっぽうでは異性として彼が気になるマーラ。今回は自身にとって初の母親役でもあり、日々刺激を受けているという真瀬さんに、作品の魅力や稽古の手応え、これまでの歩みや表現者としてのヴィジョンなど、たっぷり語っていただきました。

――この作品に出会っての第一印象はいかがでしたか?
「キリスト教の伝道集会が登場することもあって、一見、日本的ではない演目かな?と思ったのですが、次第に、これは日本の方にもフィットする作品なんじゃないかな、面白そうだなと感じました。
というのも、物語の舞台となっているスウィートウォーターという町では、農業がうまくいかないほど土地が干上がっていて、みんなが雨を降らせたいと思っているんです。彼らの願いは日本の“雨ごい”を思わせるところもあって、親しみやすさを感じました。
また作品の“信じる力で人生を一歩動かしてみよう”というテーマも普遍的で、私達日本人の心にも響くものだと思います。
もちろんチャレンジングな部分もあって、例えばゴスペル調のナンバーが多いので、もともとそのグルーヴを持って生まれたわけではない日本人にとっては、大きな挑戦です。でもそれ以上に、上演する意義のある作品だなと感じました」
――本作は入れ子式の構造で、ある劇場にいる主人公が、過去の出来事を振り返る形で物語が描かれますね。
「オリジナル版は“NYの劇場”で始まり、そこから過去へと遡るのですが、今回は“東京の劇場”から始まります! 台詞も少し“東京仕様”に変わっていて、海外でやっていたものをそのまま上演するのではなく、日本版の『奇跡を呼ぶ男』として、しっかり構築されています。音楽や台本はそのままだけど、どうステージングしていくのか、どう立体化していくかというのは、今回のチームが解釈して作っていくというプロジェクトなのも、私が“やりたい!”と思った理由の一つでした」
――ジョナスたち詐欺師の一行は、真瀬さん演じるマーラが住むスウィートウォーターで立ち往生し、やむなく滞在することになります。そこでは大きな事件や人の出入りがいろいろあるというわけではなく、本作は心の機微をじっくり見せてゆくタイプの作品のようですね。
「革命が起きたりとか(笑)、大きな波がある作品ではないのですが、だからこそ、私たちの日常にももしかしたらあるかも…と思うような、人間のいろいろな面を見られる作品ではないかと思います。
人間が持っている、脆さや狡さ。一方では、人のことを信じてみようという気持ち…。日常的に私たちの周りにあるかもしれないものを、客観的に観ていただけると思います」

――今回、真瀬さん演じるマーラは“シンママ”ですよね。お母さん役はもしかして…?
「はい、初めてです。お父さん役はやったことがあるのですが(笑)」
――宝塚時代に『ファントム』の新人公演でキャリエールをなさいましたね。
「おじいちゃん役もやったことがあります(笑)。でも“お母さん”は初めてで、それも私の中では大きなチャレンジというか、俳優として一つ幅を広げる機会だなと思っています。
お母さんを演じるにあたって、息子役の(ダブルキャストの)二人とは、稽古場でなるべくコミュニケーションをとるようにしていて、日常の中での“絆”が板(舞台)の上にも乗ったらいいなと思っています。もちろん“役”として演じるのですが、もっと馴染ませていくためにも、日ごろのコミュニケーションを大切にしているところです」
――息子のジェイクは足に障がいがあるため、マーラはおそらく一般的なお母さん以上に息子を気にかけていそうですね。
「もちろん障がいも一つの要素だと思いますが、私が今、マーラについて感じているのが、“孤独”。彼女は夫に先立たれ、街の治安を守る保安官とか、評議員とか、いろんな役職についていて、みんなにはある意味求めてもらえているけど、それは評議員のマーラとしてとか、保安官のマーラとしてであって、一人の人間マーラとしては、案外孤独な部分があるなと思うんです。
そこで唯一、自分の心のよりどころが息子になっていて、どこか“執着”というか、良くも悪くも、自分にとっての柱になってしまっているようなところがあるのかな、と感じています」

――ちょっとびっくりするのが、保安官としてのマーラはジョナスの怪しさを見抜いて警戒しますが、一人の女性としては比較的すぐに彼との距離感を縮める点です。これは今おっしゃったことが関係しているのかも…?
「そう思います。どこかでずっと、自分の横には男性がいないという意識があったのではないかな。
あとはやっぱりシンプルに、(竹内涼真さん演じる)ジョナスがナイスガイじゃないですか(笑)。そこはやっぱり抗えないというか…。このお話の面白いのが、やっぱり理性ではどうにもならないことがあって、誰もが人間らしいところなんです。
この世に、完全に綺麗に生き切れている人って、本当にいるでしょうか。
マルシアさんが演じるアイダ・メイも、“今日一日、一つも嘘をつかなかった、本気でそう思ってる人がいるとしたら、それは嘘つきね。”というような台詞を言うのですが、本当にそうだなと思います。
“優しい嘘”も含めて、人ってみんなどこか嘘をついたりすること、ありますよね。そういう、人間のいろんな面が散りばめられている、ただの綺麗ごとでは済まさないというところが、この作品の面白さだと思います。
マーラははじめ、ジョナスを“もしかして子供に害を与えるかもしれない奴”として警戒しますが、ある場面で、彼が息子に手品を教えているのを目撃します。
そこでは台詞のやりとりはないのですが、その時の二人が、本当にいい顔をしているんです。マーラにとってはそこが心が動く瞬間で、ただ“怪しいけどナイスガイ”にしか見えなかったジョナスが、こんなに純粋な目で子供と接してくれている。息子の方も、これまで見たことのないような笑顔で、楽しそうに手品を教えてもらっている。あれ?この人、いい人なのかな?と、ちょっと信じてみたくなっちゃう自分が生まれるんですね。
でもその後の場面で、ジョナスが伝道集会で人を騙しているところを見て、“信じた自分が馬鹿だったのかな”と心揺れるんです。本能的に抗えない、惹かれる気持ちと、理性的に“この人は絶対好きになってはいけない人だ”という気持ちとで、マーラはずっと揺れ続けます。
激しく歌い上げたりといった、カロリーを使うお役ではないのですが、内面の“行ったり来たり”というのが結構あって、しかもそれが、自分が板の上にいない時間に起こっている…というのが、マーラ役の難しさです。
怒っていた筈なのに、次の場面ではもうジョナスを好きになっているという展開でも、突拍子もない人に見えないように、ちゃんと筋が通っているように演じるにはどうしていったらいいのか。それを今、稽古で積み上げているところです」

――俳優さんの中には無尽蔵のパワーをお持ちの方もいらっしゃいますが、その中でも竹内さんが初ミュージカル『17 AGAIN』で見せた、終始一貫したエネルギーに驚かれた方はたくさんいらっしゃると思います。相手役として、あの熱量に対峙されるのですね…。
「本当にそうなので、私も相当、丹田に力を入れて台詞を発していかないと対峙できない局面がたくさんあるなと思っています。そういう意味ではしっかり(舞台に)立っていられるように…ということは、すごく気をつけています」
――カンザスの保安官ということで、ジーンズが似合うような逞しい女性像がイメージされますが…。
「そうですね。宝塚で男役をやっていた時の記憶を含め、これまで自分が培ってきた引出しを総動員しています。それに加えて“母親”という新境地を拓くということで、フル以上のものが求められてるかなという気がしていて、結構悩みながら進めています」
――作曲はアラン・メンケンさん。キャッチーなメロディを多々書かれている方ですが、本作は少々芝居寄りというか、必ずしも“分かりやすいメロディ”ばかりではないですね。
「そうだと思います。でもエンジェルスのみんなが歌うナンバーなどは、つい自宅でも家事をしながら歌っていたりします。何度か聴いていると、忘れられなくなるようなメロディもあって、中毒性があるなと感じます。今回の楽曲はどれも“スルメ歌”というか(笑)、噛めば噛むほど好きになってきますね」
――ゴスペル調のナンバーが多い中で、マーラさんのナンバーはしっとりとした曲調ですね。
「マーラのナンバーはいわゆる“台詞歌”ですね。
私が今回大切にしたいなと思っているのは、“あ、歌が始まったんだな”と思わせるのではなく、本当に台詞の延長線上にたまたまメロディがあるというような、言葉としてしっかり音を生み出していくということ。
歌い上げ系のナンバーは他の方々が担われるので、私は芝居歌の方をしっかり丁寧にやっていきたいです。音楽に飲み込まれないように、ちゃんと役として“台詞”で歌えるようにということを、一つのテーマにしています」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「どのキャラクターも、それぞれに置いてきぼりにしていた本当の自分の気持ちを見つけて、人生を一歩動かしています。どのキャラクターに注目していただくかは、もちろんご覧になる皆様にお任せしますが、そういうところに共鳴していただくことで、皆さんの明日の勇気の一歩につながったら嬉しいなと思っています」

――ご自身についても少し伺いたく存じます。まず、真瀬さんは宝塚歌劇団のご出身ですが、どんな理由で志望されたのですか?
「宝塚が好きだったんです。特に男役って、宝塚ならではの素敵さがあると思って、私は身長が低かったけれど、どうしても男役をやってみたいと思って(宝塚音楽学校を)受験しました。
他のミュージカルでは得られない、宝塚からしか得られない栄養があると思っていたので、合格した時は本当に嬉しかったです。寮生活が始まってからは、その厳しさに“お家に帰りたい”と言っている子もいたけれど、私は逆にその厳しさが“くー、これが宝塚か!”と、むしろ醍醐味のように感じられて(笑)。好きだから(厳しくても)何とも思わなかったです。“だって宝塚入れたんだよ!”という思いでした」
――宝塚で得たもので、一番大きかったものは何でしょうか?
「後ろにいても端にいても輝いていい、ということでしょうか。宝塚にはスター制度があるので、立ち位置はいろいろですが、どこにいても輝いて、お客様に見つけていただき、誰かの心を明るくする…。そんな心の在り方を学ばせていただいた、そういう場所を最初に経験できたのは大きかったと思います。
そしてやっぱり“美学”ですよね。所作にしてもお化粧にしても、いろいろな面での美意識の高さというのも、ものすごく財産になったなと思います。宝塚はあらゆる時代、あらゆる国のお話を演じる、バラエティに富んだ世界なので、とんでもなく引き出しが増えるんです。タンゴも踊れば日本舞踊も学びましたし、どんな世界にでも飛び込む力みたいなものは宝塚で培われたなと思います」
――宝塚歌劇団には6年間在籍し、その後も『エリザベート』等の東宝ミュージカルに出演されたり、劇団四季に入団されたりと、様々な場で活躍されています。好奇心旺盛なタイプでいらっしゃるのでしょうか。
「好奇心ももちろんありますが、私の中には“まだ足りない”というハングリー精神みたいなものがあるのだと思います。“もっとやらなきゃダメだ、(いろいろなところで)勉強したい”という気持ちが強いのかもしれません」
――劇団四季では、オリジナルキャストをつとめた『ゴースト&レディ』はじめ、『キャッツ』のジェリーロラム=グリドルボーン、『ウィキッド』グリンダ等大役を次々につとめました。どんな思い出がありますか?
「とても濃い日々で、全部が思い出です。
四季は本当に平等にオーディションで採っていただけるところなので、そこでついた自信みたいなのはきっとあるように感じています。
宝塚とはまた違うところで、四季には四季の美学があります。台本の力、言葉の力を信じなさい、何か余計なことで埋めようとするのではなく、言葉の力でしっかりとお客様にお届けしなさいという、“削ぎ落とす美学”みたいなものがあるんです。それまでそういう美学があることを知らなかったので、とても勉強になりましたし、四季で学んだ一番の財産になったかなと思います。
宝塚の“見せる美学”に対して、劇団四季は“削ぎ落とす美学”。その両極を経験したことによって、今後、作品によって自分で数値が選べるようになったかもしれません。このスタイルの作品なら、ここまでやろう、と判断しやすくなりました」
――どんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「これだけいろいろな経験をさせていただいた私だからこそできるお仕事を、やっていけたらなと思っています。
もし舞台だけやりたいのであれば、劇団四季を出る必要はなかったと思います。舞台をやるための環境の全てがある、理想郷のようなところですから。
でも私の中には、“真瀬はるかという存在を、使い切れるだけ使い切って死にたい”という思いがあるんです。舞台にとどまらず、コンサート活動であったり、将来的に声のお仕事をしてみるとか、朗読劇とか、ラジオでおしゃべりするとか、こういった取材でいろんなお話をするとか、様々な“真瀬はるかの使い方”をどんどん試していきたいです。“真瀬はるか”をみじん切りにして(笑)、粉々になって人生を終えたいです。
――真瀬さんの持ち味の一つが“気品”。なかなか出そうとして出せるものではないと思いますが、意識していらっしゃいますか?
「それほど意識はしていませんでしたが、宝塚の美学が細胞レベルに染みているのかもしれません。『ゴースト&レディ』にしても『ウィキッド』のグリンダにしても、育ちの良さというのをお役の中に滲ませないといけないので、気を付けていた部分はあったと思います。普段はTシャツにジーンズでガハハと笑ったりしていますが(笑)」
――では今回のマーラ役は“素”が活かせそう…?
「素に豪快さを加えたようなイメージで、そこも挑戦です。
あと今回は、普段、映像をやっていらっしゃる竹内涼真さんの相手役ということで、竹内さんの芝居から受ける刺激も大きいんです。
ある台詞について、普通、舞台だったらこのトーンで言うけど、竹内さんはそういうトーンで喋るんだ、確かにそれも有りだな、私もそれ貰おう!という感じで。違うフィールドで活躍していらっしゃる方とお芝居が出来るのは、とても貴重なこと。また幅が広がるな…と、私の中の全細胞が喜んでいますし(笑)、すごく感謝もしています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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