
生まれてすぐ生き別れた、一組の双子。二人は運命に導かれるように7歳で再会し、出世の秘密を知らぬまま友情を育む。しかし年月を重ねるにつれ、環境の違いが二人の絆を引き裂いて行き…。
1983年に英国で初演以来、世代を超えて愛され、日本でも1991年以来、度々上演されている『ブラッド・ブラザーズ』が、日澤雄介さんの演出でシアタークリエに登場します。
二人の主人公のうち、裕福なライオンズ家に引き取られ、偶然出会ったミッキーと親友になるエディをダブルキャストで演じるのが、山田健登さんと島太星さん。山田さんは『レ・ミゼラブル』マリウス役、島さんは『フランケンシュタイン』のアンリ・デュプレ/怪物役が記憶に新しいところですが、今回は素直な”お坊ちゃま“として育ちながらも、どこかでミセス・ライオンズへの違和感を抱くエディ役に、どのようにアプローチしているでしょうか。稽古終盤の某日、作品への思いをじっくり語ってくださいました。

――読者プレゼント用の色紙にポジティブ・フレーズを書いて下さいましたが、島さんのメッセージは“はじまれば、おわる!”。その心は…?
島太星(以下・島)「舞台出演が決まると、プレッシャーで気持ちが重くなることがあったのですが、“始まれば(いずれ)終わる”と思うようになってから、“(まずは稽古に)行ってみよう”と、心を強く保てています。僕のお守りみたいな言葉です」
――山田さんは“笑顔‼”ですね。
山田健登(以下・山田)「はい。笑っていれば、幸せは寄ってくると思っています。無理に笑う必要はないかもしれないけど、笑っていたほうがいいなーと思っています」

――有難うございます。お二人は以前から本作をご存じでしたか?
島「実際に観たことはなかったのですが、歴史ある作品だということは知っていました。歴代の出演者の方々のお名前を見て、僕はミュージカルに出始めてまだ何年も経っていないのに、こんなに素晴らしい作品をやらせていただけるんだという嬉しさがまず最初に来ましたね」
山田「僕も、このお話をいただいてから資料を拝見しました。第一印象としては、暗いドラマだな…と感じたのですが、実際に稽古してみると、あまり暗さは感じないんです。
設定としては“双子の生き別れ”という、ちょっとファンタジーな部分もありますが、実はこれ、双子でなくても、普通の友達などで有りえる話だと思います。環境が違うことで、二人の人生がずれていくって、身近にもありえることだな、と」

――本作では英国特有の階級問題が随所で示唆されていますが、「遠さ」よりも「身近さ」をお感じになったのですね。
島「確かに、最初に台本を読んだ時は距離を感じましたが、稽古に入ってからは、逆に身近に感じています。エディは裕福な家庭で育ってはいるものの、双子ということもあって、やっぱりミッキーと根に持っているものが似ているんですよね。お母さん役の瀬奈(じゅん)さんのそばにいると、(裕福な家庭らしい)立ち姿や言葉遣いは自然と影響を受けるのだけど、どこかでミッキーとつながる感覚がある。僕ももしかしたら境遇一つで、今とは全然違う人生を歩んでいたのかな、なんて思うようになりました」
山田「僕は長崎出身なのですが、時々長崎に帰って、小学校や中学時代の同級生に会ったりすると、昔は話が合っていたのに、どこかズレが出てくるんです。会っていなかった間に起こる変化って、おそらく誰もが経験したことがあると思うし、すごく共感できる物語だなと思います」

――今回、お二人は双子のうちエディにキャスティングされましたが、エディ役はご自身的には腑に落ちた感じでしたか?
島「当初は全然腑に落ちなかったし、稽古中にも(演出の)日澤さんから"島くん、その演技はちょっと品が良く見えない"と言われて(笑)、やっぱり僕はどっちかというとミッキー寄りかもなって思ったりします。エディは自分のことを“僕“と呼ぶけど、こういう状況なら“俺“で行きたい、と思ってしまう自分もいたりして。完全に自分と切り離さないとエディ役はつとまらないなと思いつつ、すごくやりがいのある役だと感じています」
――でも、どこか本質的な部分で、やっぱりエディと共通する部分を感じたりされませんか?
島「自分でもびっくりするほどそれはなかったのですが(笑)、この間、通し稽古を初めてやった時に、意外とスムーズにエディとして喋れた自分がいました。自分で気づかないだけで、もしかしたらエディの心も自分の中に宿っているのかもしれないなと思って、新しい自分を教えてもらったようで、嬉しかったです」

――山田さんから見て、島さんのエディはいかがですか?
山田「ぴったりですよ」
島「え?」
山田「本当に。自分ではわからないんですよね。僕も正直、初めはどうしてエディなのかわからなかったけど、太ちゃんについてはすごく納得しました。キャスティングで同じ役をやることがわかった時、ああ、なるほどな、太ちゃんのエディ見たいな、と思いました。
僕は、なぜか今までやってきたのが裕福な役柄が多くて、“山田くんって実際に裕福なんですか?“と聞かれることもありますが(笑)、そんなことは全くないです! ただ、大切に育ててもらったなとは感じるので、親に対して抱く感覚は、エディと共通しているかもしれません。この稽古期間を通して、すごくエディとの距離が近くなったように感じています」

――島さんから見て、山田さんのエディは…?
島「エディってこういう感じなんだろうな…と想像するエディをまさに体現していて、もう本当にぴったりです。それは健登が、エディを完全に自分のものにしているという証拠なんじゃないかな。エディとして喋っている姿に違和感が一つもないというのは、そういうことなんだろうと思います。
僕はまだまだ苦戦していて、たとえば裕福な階級ならではの立ち振る舞いってあるじゃないですか。つい首が前に傾いたりすると、オーラというか威厳が損なわれるので、細かく注意をいただいたりしています」

――ミッキー役のお二人にも伺いましたが、本作では初登場時、7歳という設定です。演じるにあたり、7歳というのはもはや遠い過去でしょうか、それとも比較的すぐに戻れるなという感覚がありましたか?
山田「遠かったですね」
島「けっこう遠かったよね」
山田「戻るのにすごく苦労しましたし、まだまだ積み上げられる余地はあると思っています。(7歳のエディを演じるには)素直に目の前で起こることに驚き、悲しみ、楽しむということが大事なのかな、と感じています」
島「僕は、7歳を演じるにあたっては、“何やってもいいんだ“という感覚を大事にしています。7歳の子って、行動するときに“これやったら怒られるかな“、と多少は考えるかもしれないけれど、大人よりその感覚は鈍いと思うんです。
だから演じる時には、“これやったら失敗かな“という気持ちを一回バンって消してやると、わりと7歳に見えてくるような気がします。最初の頃は考えて、考えて臨んでいたけど、それが仇となって子供に見えなかったので、どんどん削ってゼロにしたら、“あれ意外に7歳に見えてきたな”となったので、今は現実の僕と7歳のエディの切り替えは全然楽です。舞台に出る時には一旦ゼロにして、現実に戻るときは元の僕を復元させればいいという感じなので」
山田「なるほどね。面白いね」
島「やっていて楽しいです」

――7歳のシーンでは、戦いごっこや、わざと汚い言葉を使ったりといった“子供の風景“が登場しますが、こういう遊び自分もやったな等、郷愁を感じますか?
山田「ちっちゃい頃はやってましたね。おもちゃの銃を持ったり、ケイドロ(刑事が泥棒を追う鬼ごっこ)とか…」
島「ケイドロ、あったね」
山田「そういう遊びをやっていたなぁ、と思って。ミッキーがきょうだいたちと遊ぶ姿を見ていると、子供の頃はこんな光景あったな、と思い出します」
島「僕自身は、小さい頃は外に出るより、フィギュアだったり、大好きな指人形を集めている(インドア派の)子供でした。
ただ、エディがお父さんから銃のおもちゃをもらって喜ぶシーンがあるのですが、僕も小さい頃、母にエアガンを買ってもらって、弾を入れずにばんばんって(撃つマネを)やってたなぁと思い出しました」
山田「そうなんだ」
島「懐かしいです」

――物語を動かす大きなポイントの一つが、ミッキーに出会った7歳のエディが、“友達になって“と申し出るシーンですが、波長が合いそうだと思ったとしても、階級社会のイギリスではなかなかないことのようにも感じられます。単に7歳の無邪気さからの行動、でしょうか。
山田「ミッキーは自分が持ってないものを持ってるじゃないですか。 自分が知らないことを知っている、違うものを持っているというところで、惹かれたのではないかな」

――子供とはいえ、エディは階級の違いなど意識することなく、フラットに人に接することができるタイプだったのでしょうか。
山田「もともと好奇心が強くて、そこに7歳の無邪気さが加わって、突っ込んでいけたのかもしれません」
島「本作の終わりの方で、大人になったエディがミッキーの方に歩み寄る瞬間があるのですが、僕は自分を育ててくれた瀬奈ママ(ミセス・ライオンズ)の顔が浮かんできて、初めはなかなかそこで歩み寄れなかったんです。でもよくよく考えてみたら、エディの中にはずっと、ミッキーに対してただの友情だけではない、よくわからない感覚があったんですよね。それがこの瞬間にハッと繋がって、歩み寄るんだな、と。
だから7歳で出会った時も、もちろん自分に足りないものを持っているミッキーへの好奇心もあるだろうけど、それとは別に、ただ仲良くなりたいと思う以上の、ある種の違和感みたいなものがあったんじゃないかな。“運命“という言葉で片づけてはいけないのかもしれないけど、そういう胸騒ぎのような感覚は常にあったんじゃないか。だから、初めてミッキーに話しかける時も、そこから仲良くなっていく過程でも違和感がずっとあって、それが最後に繋がる感じかな。
ただ、ラストで僕らが抱く感覚はそれぞれだと思います。互いに(稽古の中で)積み上げてきたものがあるので、着地点は違うかもしれません。僕自身、通し(稽古)をやって行く中で、こちらの線(解釈)かもしれないなと思えば、まだまだ変えてみるかもしれません」
山田「僕はラストで、ミッキーと出会ってからのことが走馬灯みたいに思い出されて、無性にミッキーをハグしに行きたくなります」

――生まれて初めての感情が溢れ出すのですね…。
もう一つ、ミセス・ライオンズとの関係性も見どころの一つかと思います。エディはミセス・ライオンズに溺愛され、いたって素直な少年に育ちますが、どこか満たされていないようです。それがミッキーとの友情に繋がっていくのでしょうか。
島「ミセス・ライオンズとしては僕のことを愛しているけれど、実の母ではないということと、(実母の)ミセス・ジョンストンと揉めたりしているので、複雑な思いを抱きながら育てている面はあったと思うんです。そしてエディは(いきさつは知らないまでも)お母さんの何かもやもやしたものを察して、ママ、なんなの? どうしたの? と思う瞬間って、たぶん何度かあったと思うんですよね。
そういう不安、疑問があるから、(別の世界に生きる)ミッキーに対する好奇心にも繋がっていったのではないかな。ママのこともちろん大好きではあるけれど、お母さんに対して不思議な疑念は常にあったと思います」
山田「エディは何不自由なく育てられていますが、何かが欠けていたというか、子供らしく扱ってもらえなかったのかもしれません。だからこそ、(本当の関係を知らぬまま、エディの母である)ミセス・ジョンストンに惹かれた部分もあったのかな、と思います」

――大人になったエディは市議会議員になりますが、何を目指して議員さんになったのだと思われますか? 例えば、その数年前にミッキーが巻き込まれたある事件を目の当たりにして、その背景にある格差社会をこのままにしていてはいけない、といった正義感、責任感があったとか…?
島「僕はそれとは逆の方向を考えていました。エディの環境にいると、お金で何でも解決できるということを体験して、もっと欲が出てくる。議員になってもっと支配力を持ちたい、という感覚だったのではないかと」
山田「エディは小さいころから、お金があれば何でも楽しめる世界にいて、失うということを知らなかったけど、思春期に一度ミッキーとの関係性が崩れるんです。それがトラウマとなって、逆に支配欲みたいなものが芽生えていったのかもしれないですね」
島「なるほどね」
山田「喧嘩別れせず、軌道修正できればよかったけれど、環境の違い、感覚の違いが邪魔をして、エディは大事な言葉を聞かずに去ってしまうんです」

――そこが運命の分岐点だったのですね…。
お二人はアーティストでもあるのでぜひ伺いたいのですが、この作品の音楽、いかがですか?
島「とてもいいです! エディは合計で三曲歌うんですが、この作品は台詞が多い分、ミュージカルにしては曲数は少ないと思います。でもその三曲が難しいんですよ。
例えばその中の一つが、密かに慕う幼馴染のリンダを思って歌うバラードなのですが、聴いている分には曲調もそれほど変わったところはないんだけど、歌うとなると、“思いを言いたいけど言えない、心にしまっておこう”というのがすごく難しくて。
僕としては声に乗せて出したい、でもそれを出しちゃったらそばにリンダがいて聞こえてしまうから絶対だめ。歌いすぎないように意識しつつも、お客さんにはきちんと言葉を伝えなくちゃ…となると難しいです。何が正解なのか、かなり悩みました」
山田「この作品、同じメロディが何度もリピートされるのですが、歌詞のはめ方がすごいというか、そのシーンごとに、同じメロディなのに全く違う曲に聞こえるんです」
島「ほんとすごいよね。マジックみたいで、不思議」

――アーティストとして歌う時とは全然違うテクニックが求められると感じますか?
山田「そうですね。お芝居の延長線の歌でないといけないな、と思います」
島「これまで何本かミュージカルを経験させていただいて、ミュージカルの歌唱法を勉強して来ましたが、この作品は難しいです。
どこかポップス寄りでもあるし、でもミュージカルの要素もある。ミュージカルとポップスの“真ん中”という感じで難しい。それでお互い歌い方とかで悩んでいるんですよね。たぶん、凄く難しいことに挑戦してます」

――稽古も大詰めですが、これまでの手応えはいかがでしょうか
島「めちゃくちゃあります! 心から、皆さんに観てほしいです。それしか言えないぐらい(笑)、自信があります! 本当に面白いし、素晴らしい作品なんですよ。
稽古に入る前は、やっていくうちにマンネリになったりしないか心配もあったのですが、実際やってみたら毎回面白いし、苦しくなるし、泣けるんです。これほどの作品はそうそうないと思うし、改めてスケジュールを見たら、(ダブルキャストということもあって)本番の回数が思ったより少なくて、“これしか演じられないのか!”って思うほどで。キャストもスタッフも全員が素敵で、マジで自信がみなぎっています!」
山田「僕も、ぜひ観て欲しいという言葉に尽きるんですけど、今回は特に、一回も同じ公演がない、特別な作品になりそうな予感があります。
というのは、今回の演出では、いつもより“決まり”があまりつけられていないんです。ある程度“この位置にいてね”みたいなものはありますが、それ以外は結構その場の気持ちで動けていて。毎回違うものが生まれてくるような気がします」

――山田さんは『レ・ミゼラブル』、島さんは『フランケンシュタイン』と、ともに大作ミュージカルを経て今回、長く愛されてきた名作に挑まれていますが、ミュージカルの楽しさ、醍醐味をどんなところに感じますか?
山田「僕はミュージカルをすごく楽しんでいて、毎日どんどん好きになっています。
醍醐味としては、歌うということの意味を感じられるところかな。初めてミュージカルを観た時は“どうしてお芝居の中で歌うんだろう”と思ったのですが、当時、僕は音楽の世界しか知らなかったんですよ。歌って、溢れ出る気持ち、言葉では届けられないものをメロディに乗せて届ける手段であって、それが全てだと思っていたのですが、ミュージカルはさらにその根本にあるものを描いているような気がします。
心の内側に眠る気持ちも込められているので、想いをきちんと乗せて歌えたら、お客様にはその感情のパワーが倍層して届くのではないかと思っています」
島「僕は以前からお芝居は観ていたのですが、最近はストレート・プレイよりミュージカルを観ることのほうが増えてきました。
というのは、読解力の問題なのか(笑)、僕、一度の観劇だと意味がわからないことがあるのですが、ミュージカルではそれがないんです。音楽って有難い存在で、悲しいメロディが流れれば、今はこういう場面なんだなということがわかって、観る側からするとすごく親切に導いてくれるので、これはハマらないわけがないな、と。エンタメの世界に、ミュージカルというコンテンツがあってすごく良かったと感じます。
今、こうして自分もミュージカルに出させていただけるようになったけれど、初心を忘れず、初めてミュージカルをご覧になる方にも僕と同じように楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ブラッド・ブラザーズ』3月9日~4月2日=シアタークリエ、4月10~12日=サンケイホールブリーゼ 公式HP
*山田健登さん、島太星さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。