Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

2026年秋Blu-ray化決定。『十二国記-月の影 影の海-』観劇レポート:異世界で対峙する、過酷な“運命(さだめ)”

『十二国記-月の影 影の海-』Photo:Marino Matsushima 禁無断転載

一滴。また一滴。
水の滴る音に続き、重厚なコーラス(暗闇からの声)とともに、舞台上の女子高生…陽子が、夜ごと見る悪夢を語る。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

不穏な胸の内を隠しながら登校したある日、彼女の前に突然、“ケイキ(景麒)”という名の金髪の男が現れる。
ひざまずき、忠誠を誓う景麒。妖魔が襲来し、教師や生徒たちが逃げまどうなか、陽子はわけもわからぬまま景麒に剣を持たされ、異世界へと連れられて行く。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

 

目覚めると、景麒とははぐれてしまったらしく、彼女は一人倒れていた。驚くべきことに髪は赤く、顔つき、体格も変わってしまっている。(ここからの主人公は“ヨウコ”として、別の俳優が演じる。しかし“ヨウコ”に“陽子”が寄り添い、内面の葛藤がハーモニーで表現される描写がしばしばある)

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

ヨウコは地元の人々を頼ろうとするが、そこでは自分のように海を越えてきた者…“海客”は、差別や処刑の対象になるらしい。騙され傷つき、謎めいた存在、蒼猿の残酷な言葉を背に浴びながらも、ヨウコは家に帰りたい一心で生き延びようとする。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

ついに行き倒れになったヨウコを救ったのは、ネズミの姿をした半獣の楽俊。
ヨウコは海客が保護されるという雁国を、彼の案内で目指すことにするが、妖魔の襲撃を受け、楽俊を見捨ててしまう。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

雁国で再会する二人。罪悪感に苛まれるヨウコを、楽俊は“あれは自分の手落ちだ”と庇う。二人は改めて絆を深めるが、思いもよらない真実が明るみになり、ヨウコは大きな選択を迫られる…。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

1991年から30年以上にわたって、熱烈な支持を得ながら書き続けられている、小野不由美さんの大河ファンタジー小説『十二国記』。人間が住む現実の世界と、十二の国からなる“異世界”を舞台に繰り広げられる物語が、この度初めてミュージカル化されました。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

長大なシリーズのうち、今回は1992年に刊行された『月の影 影の海』を舞台化。突然放り込まれた過酷な運命に、はじめはなすすべもなかった主人公が、様々な出来事を経て立ち向かってゆく姿が、元吉庸泰さん(脚本・歌詞)、山田和也さん(演出)をはじめとする、強力な布陣のチームワークによって舞台化されています。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

とりわけ、管楽器の低音やコーラスを効果的に織り込みつつ、スケール感豊かに展開する音楽(深澤恵梨香さん)が出色。また、光や色彩を当てることで多彩な表現が可能な(本作では“モップ”と呼ばれる)ひも状のカーテン(装置=平山正太郎さん)や、妖魔等の表現で登場する造型物(アイディア=造形作家・竹谷隆之さん、ペーパークラフト化=切り絵作家のてんてんさん)等、ヴィジュアルの一つ一つに意味が感じられ(デザイン・ディレクション=松井るみさん)、作品世界の奥深さを際立たせています。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

 

主人公を演じる柚香光さんは、混乱と恐怖のなか、心細さと人間への不信感が募るばかりだったヨウコが、信じることを知り、葛藤しながらも成長してゆく過程を、ヴィヴィッドに体現。特に終盤のヨウコが覚悟を持って見せる立ち姿は、序盤からは想像もできないほど強い光を放ち、物語に説得力を与えています。ダイナミックな立ち廻りも見どころの一つ。
一方、陽子役の加藤梨里香さんは冒頭の短いシーンで、周囲の顔色をうかがうあまり陽子がとってきた“負”の行動を、リアルに再現。物語が動き出してからは、歌声に陽子の“魂の叫び”を惜しみなく乗せ、観る者を引き込みます。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

ネズミの半獣、楽俊をWキャストで演じるのは、太田基裕さん、牧島輝さん。(取材時のキャストは太田さん。)等身大のパペット(制作=人形劇団プーク)をスムーズに操って命を吹き込みながら、よそ者のヨウコにおおらかな口調で語り掛ける姿に、楽俊が持つ真の“良心”が滲みます。彼のテーマソングと言えるのが、自己嫌悪に沈むヨウコに対して、“誰かの二歩は おいらにゃ三歩”と、別の視点を持つことを示唆するナンバー。親しみやすい曲調もあいまって、半獣として生まれた彼がそれまでなめてきた辛酸に思いを馳せつつ、聴き入る観客は少なくないことでしょう。

 

『十二国記-月の影 影の海-』写真提供:東宝演劇部

玉城裕規さんは、ヨウコのダークな側面の比喩のようにも見える蒼猿を怪しいオーラ全開で演じ、天命に逆らって王を名乗る舒栄役の原田真絢さんは、場内を揺るがすような歌唱で“彼女の中の正当性”を体現。ヨウコの決断を後押しすることになる延王役の章平さんは明朗な口跡が頼もしく、人間世界で陽子を探し当て、異界へと連れて来る景麒役の相葉裕樹さんは、感情とは別のレベルで動く、いわば“運命の代理人”のごとき存在を、凛とした佇まいと歌声で描き出しています。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

他の出演者もそれぞれに複数の役を演じ、陽子/ヨウコが辿る旅路を豊かに彩りますが、中でも印象を残すのが、伊藤俊彦さんが演じる壁落人。ヨウコ同様、人間の世界からやってきた海客ですが、実は東大の学園紛争のさなかに異界に迷い込んでしまったことが明かされます。紛争への複雑な思いに蓋をしたような抑制の効いた演技が、ひととおりのファンタジーではなく、現実世界の生々しさを含んだ本作の世界観に貢献しています。

 

『十二国記-月の影 影の海-』Photo: Marino Matsushima 禁無断転載

さて、前述の楽俊の“誰かの二歩は…”にはじまり、本作にはほろりとさせる台詞がさまざまにありますが、今回、ある理由で巷の話題を呼んでいるのが、主である景麒の命に背き、冗祐がヨウコにかける、“あなたはずっと一人ではなかった…”に始まる台詞。
“懸命に生きれば、きっと誰かが見ていてくれる”と信じさせてくれるこの台詞は、声を担当されている方(ミュージカル・ファンであればおそらく誰もが知る彼)の包み込むような口跡によって、ヨウコの背中をそっと押すばかりでなく、多くの観客の心に染み入ることでしょう。2026年秋にはBlu-rayのリリースが予定されています。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『十二国記-月の影 影の海-』2025年12月9~29日=日生劇場 その後、福岡、大阪、愛知で上演 公式HP 
*本作(楽俊のダブルキャスト両バージョンとも)を収録したBlu-rayが2026年秋にリリース予定。予約サイト