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ミュージカル映画『蜘蛛女のキス』、東京国際映画祭で上映:時代に翻弄された“無償の愛”

『蜘蛛女のキス』写真提供:東京国際映画祭

 

日比谷の劇場街に「映画」の華やぎが加わる秋のイベント、東京国際映画祭。世界各国からより抜かれたコンペティション参加作品、新作、テーマに沿った作品が上映される中で、今年はワールド・フォーカス部門に『蜘蛛女のキス』のミュージカル映画版が登場、注目を集めました。

原作はマヌエル・プイグによる、1976年刊行の小説。軍事政権下のアルゼンチンで映画スター、ルナに憧れるゲイのモリーナと、政治犯のバレンティンが獄中で出会い、次第に心通わせてゆくが、モリーナは活動家たちの情報を聞き出すよう所長に迫られ、ある決断を下す…。

 

『Kiss of the Spider Woman』

 

1979年に英訳版が出版された後、本作は

*舞台化(プイグ自身の脚本によるストレートプレイ。1985年、ロンドンで初演)

*映画化(1985年公開。ウィリアム・ハートがアカデミー主演男優賞受賞)

*ミュージカル化(ジョン・カンダー作曲、フレッド・エッブ作詞、ハロルド・プリンスの演出で1993年ブロードウェイで開幕。トニー賞作品賞他受賞)(2021年上演の日本版で主演した石丸幹二さんへのインタビューはこちら。)

 

と発展し、今回のミュージカル映画化は長く実現が待たれていました。

(以下、「ネタバレ」的言及を含みますので、未見の方はご注意下さい)

 

『Kiss of the Spider Woman』

満を持して登場した今回の映画は、ハロルド・プリンス演出のミュージカル版の大枠を残しつつも、ビル・コンドン監督(『シカゴ』『ドリームガールズ』)の手によって、ドラスティックにアレンジ。まず、1983年にアルゼンチンで起こった劇的な体制変化を最後に描くことで、執筆時の原作者プイグや多くの民衆が夢見たかもしれない結末が加わり、それによって本編の“歴史に翻弄された人々の悲劇”的側面が強調されています。

また、モリーナが自身の信条を歌う「Dressing Them Up」はじめ、獄中でのナンバーはほぼカットされ、歌が登場するのは、モリーナが憧れる映画スター、ルナ主演の映画『蜘蛛女のキス』の再現シーンばかり。"ストレート・プレイの中にミュージカル形式の劇中劇が展開する”という構成が明確化し、さらにカンダーによる新曲3曲(実際はプリンス版の1990年のプレミア上演時に別のシーンのために書かれたナンバー)が劇中劇シーンに加わっています。

従来、モリーナは中年の俳優によって演じられ、長くマイノリティとしての「生きづらさ」を経験してきたモリーナが、若き革命家バレンティンの頑なな心にアプローチし、やがて献身的に接してゆくさまが、従来の本作の見どころの一つでした。それに対して、今回モリーナを演じるトナティウは撮影時30歳前後、そしてバレンティン役のディエゴ・ルナは撮影時44歳前後。おのずから二人の見え方が変わり、年長であろうバレンティンに果敢に話しかけるモリーナが健気に映るのも、今回の一つの趣向となっています。

 

『Kiss of the Spider Woman』

 

しかし今回の映画版で最も特徴的なのは、ジェニファー・ロペス演じる映画スター、ルナが、劇中劇『蜘蛛女のキス』で演じるオーロラ/蜘蛛女の二役で見せる、突出した存在感でしょう。(プリンス版では、映画スターの名はオーロラで、彼女が演じる様々な役の一つが蜘蛛女となっていますが、今回は女優ルナが一本の映画で二役を演じているという設定)。

磨き上げられたボディラインを活かした衣裳とピンヒールで歌い踊る彼女は、圧倒的な華やかさでモリーナの"憧れ”を体現。歌に関しては、細やかにトーンが変わる演劇的な歌唱というより、一貫して彼女の持ち味である、明るさを含んだポップス調の歌声が保たれており、あくまで、モリーナにとって"不変”のルナを体現しているということなのかもしれません。

 

『Kiss of the Spider Woman』

お気に入りの映画を物語り、憧れのスターを夢想することで、バレンティンとともに過酷な獄中生活を乗り切ろうとしたモリーナ。後半の衝撃的な展開の後、プリンス版は彼によるきらびやかなフィナーレとともに終わりますが、今回はさらに、一つの時代の終焉が描かれることで、歴史の流れの中の個人の無力さと、それにも関わらず"愛の記憶”が刻まれゆくさまが印象を残します。原作者が執筆した"当時”から半世紀近い年月を経た今だからこその、俯瞰的エンディングと言えるかもしれません。

 

(取材・文=松島まり乃)

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*第38回東京国際映画祭 2025年10月27日~11月5日開催 公式HP