
1952年、とある地方の劇場。
三拍子のイントロとともに客席通路前方にスポットライトが当たり、市村正親さん演じる“エノケン”こと、榎本健一が現れます。
♪俺は 村中で一番 モボだと言われた男♪…
十八番の「洒落男」を軽妙に歌い出すエノケン。自然に手拍子が起こります。
舞台に上がったエノケンは滑らかにステップを踏み、続いて2曲を歌唱。伝説のエンターテイナーが活き活きと蘇るひとときですが、終演後のステージには彼が一人、右足の激痛に耐える姿が。
迎えに来た息子・鍈一を相手に、思い出を語り出すエノケン。物語は20年以上昔へと遡り…。

浅草で劇団「新カジノ・フォーリー」を結成したエノケンは、妻で花形女優の花島喜世子、座付き作家の菊田一夫、舞台装置担当から座付き作家に転向した菊谷榮、劇団員の田島太一らとともに、浅草の劇場街を席捲する日々。時代が不穏さを増してゆくなかで、当局の目をかわしながら、自分たちの喜劇を追求し続けます。
しかし1937年に日中戦争が勃発すると、菊谷のもとに召集令状が。盟友は志半ばで戦死し、終戦から7年、エノケン自身も病魔に侵され、右足の指を失います。
喜劇役者にとって、自由に動けなくなることは致命的。一時は気弱になるエノケンでしたが、妻・喜世子や鍈一に励まされ、リハビリに挑みます。遂に復活を果たすものの、さらなる悲劇が…。

大正後期から昭和45年に亡くなるまで俳優として活躍し、一時は座員150名を抱える一座の座長もつとめた“喜劇王”、榎本健一。
その波乱の半生を描いた音楽劇『エノケン』が、東京・シアタークリエで開幕(シアタークリエの前身・芸術座には、昭和34~36年にエノケン本人が出演。(『がしんたれ』『お鹿ばあさん東京へ行く』)しており、“ゆかりの地での復活”と言えます。)大阪、佐賀、愛知、川越でのツアーを経て、12月7~21日には舞台映像のアーカイブ配信が行われます。
脚本は芥川賞作家でお笑い芸人の又吉直樹さん、演出はシライケイタさん。幕開けこそ華やかなショー仕立てですが、本編はもっぱら舞台裏の人間模様に焦点を当て、浅草喜劇全盛時代を築いたエノケンが、周囲の人々に支えられながら生き抜くさまを、往年のヒット曲と和田俊輔さんによるオリジナル曲に彩られつつ描いて行きます。

前半のハイライトの一つが、出征する菊谷を皆が見送りに行くエピソード。公演中のエノケンたちが客席に向かって事情を語り、舞台を抜け出す許可を求めるくだりでは、シアタークリエの観客が当時の観客に見立てられ、劇場全体がタイムスリップ。時空を超え、“演劇を愛する同士”の一体感が生まれます。
また後半、絶望の淵にあったエノケンが菊谷に励まされるくだりでは、エノケン役の市村正親さん、菊谷役の豊原功補さんのしみじみとした対話から、再び希望が生まれてゆくさまが鮮やか。“命ある者”の使命にも気づかされる名シーンとなっています。

伝説のエンターテイナーに(ミュージカル・スターとしての)自身の魅力をプラスし、愛嬌たっぷりに演じる市村さんを筆頭に、キャストは各役を手堅く体現。前妻の喜世子と後妻のよしゑを演じ分ける松雪泰子さんは、端正な所作を見せつつ、どちらの役柄でも、緩急ある口跡に、内に秘めた芯の強さを滲ませます。
また息子の鍈一とエノケンの一座の劇団員・田島を演じ分ける本田響矢さんは、純粋無垢そのものの鍈一が自身の運命を意識しつつ、父と語り合うくだりでの、儚くもあたたかなオーラが格別。エノケンにとってかけがえのない存在であることが強く印象付けられます。

人を楽しませることの喜びや周囲の人々、観客への感謝も言語化されている本作。不世出のスターの物語を通して、普遍的な“エンターテイナーの心境”を覗かせる作品ともなっています。
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報 音楽劇『エノケン』10月7~26日=シアタークリエ 公式HP
*舞台映像アーカイブ配信 12月7~21日 詳細はこちら