メジャーリーグのロッカールームで展開する悲喜劇を描き、第57回トニー賞演劇作品賞を受賞した戯曲が、2016年、2018年に引き続き、藤田俊太郎さんの演出で上演。“レジェンドチーム”“ルーキーチーム”の2組が交互に白熱の群像劇を見せるなかで、“レジェンドチーム”で水先案内人的存在のキッピーを演じるのが、三浦涼介さんです。
三浦さんと藤田さんがタッグを組むのは、ミュージカル『手紙』初演以来、実に9年ぶり。その間もずっと“いつかまた一緒に”と願っていたという二人は、互いを表現者としてどうとらえ、また噛み応え十分の今回の戯曲に、どう取り組んでいるでしょうか。初日も視界に入ってきた某日、稽古直後の熱気冷めやらぬなかでお話いただきました。
【あらすじ】メジャーリーグ・チーム“エンパイアーズ”のスター選手ダレンが、ライバル・チームの選手デイビーに感化され、ゲイであることをカミングアウトした。チームメイトのキッピーや会計士のメイソンらは好意的に受け止めるが、そうではないメンバーもおり、チーム内には次第に軋轢が生まれる。負けが続くチームにやってきたのは、天才的な投手シェーン。彼の魔球はチームにとって希望の光となってゆくが…。
――お二人はお互いをどんな俳優さん、演出家さんととらえていますか?
藤田俊太郎(以下・藤田)「涼介さんは繊細さと誠実さを持ち合わせていらっしゃり、作品に取り組む姿が非常に美しいと感じています。素晴らしい表現者です。ずっと再び仕事することを熱望していたのですが、タイミングが合わない期間が続いていたので、ようやくこの作品でご一緒できること、すごく幸せに思っています」
三浦涼介(以下・三浦)「今回の現場に入って、9年前はどうだったかな…と思い返しましたが、いい意味であまり(藤田さんの)印象は変わらないですね。
初めてお会いしたのは、蜷川(幸雄)さんの現場で演出助手をされていた時。蜷川さんの現場の、あの美しい空気や時間を一緒に過ごさせていただいた方なので、安心感がありますし、今回はとても嬉しい現場です。
僕は演出家の方に“場所”を与えてもらわないと、不安で動けないことが多いんです。“自由にやってみてください”と言われると、何をどうしていいのかわからなくなるというか。でも藤田さんは本当に一つ一つの要素を大事にして、“レール”というか、ここを歩けばいい、ここの上だったら自由に動いていいですよ、というものを敷いてくださるんです。
『手紙』以降なかなかご一緒する機会が無く、もしかして僕のこと忘れられちゃったかな? と思っていました(笑)。なので今回、お話しをいただいてとても嬉しく、“是非”と即答でした」
――キッピー役を三浦さんでというのは、藤田さんからのご提案だったのですか?
藤田「そうですね。キッピーはチームの語り部で、チームのドラマを動かしていく役なので、ぜひ涼介さんにと思いました」
――三浦さんは本作、そしてキッピーについて、どんな第一印象を抱かれましたか?
三浦「お話をいただいたときはとにかく、藤田さんとご一緒できるというだけで“はい”とお答えしていたので、台本を開いてみて(キッピーは)めっちゃ喋ってる…と気づきました(笑)。
内容的には、今だからこそやるべき作品ですね、とおっしゃる方もいらっしゃいますが、僕はこういった(人間関係の機微を描いた)作品は、時代を問わずあるべきだと感じます。
僕の中にはいつも、目の前の相手のことは大切にしないといけないな、という思いがあるのですが、なかなかそういったことが描かれた作品に巡り合うことがありませんでした。この台本を読んで、まさに求めていた作品だと思ったし、ここで扱われているようなことで悩んでいる人の心に寄り添えたら、と思えました。キッピーはみんなの様子を遠目から眺めているけれど、どのタイミングでどうしてあげたら、相手の気持ちに入っていけるのか。その答えを探して、今、稽古で試行錯誤をしているところです」
――キッピーの中には多分に、思いを同じくする三浦さんがいらっしゃるのですね。
三浦「キッピーだけでなく、人間誰もが持っている悩みや思い、そういった要素がちりばめられている作品のような気がします。人間ってそうだなと思える瞬間が、このお芝居にはたくさんあるんですよ。でもそれをそれぞれの役を通して表現しようとみんなで話し合っていると、話せば話すほどわからなくなってしまって(笑)。昨日、自分がひっかかっていた部分がやっと解消して、そのおかげで今日はすごく楽しい稽古でした」
――藤田さんにとっては3度目の『Take Me Out』。よほどの愛着がおありなのかと思いますが、本作のどんなところに惹かれるのでしょうか。
藤田「3度目とは言っても、前回公演から7年経ち、僕も経験を積んできています。作品に対するリスペクトは不変ですが、全くまっさらなところから、新たに取り組んでいるところです。
本作に惹かれる理由は、先ほど涼介さんがおっしゃったことにも近いのですが、やはり人間の、一言では言い切れない多面性が描かれている点ですね。人と人が関わると、うまくいかないことがある。どんなに愛しい人に対しても、距離を置いたり、分断されることも、逆に融和することもある。理解し合いたい、受け入れ合いたいと願いながら生きていく。そんな人々の喜怒哀楽が、この作品には豊かに、普遍的に多面的に存在していると思います。もとは英語で書かれた作品ですが、それを日本語に翻訳し、届けることで、この作品の深い場所に、まだまだ到達していきたいなと思います。
今回、涼介さんがキッピー役を担ってくださったことで、僕も実は今日の稽古ですごく腑に落ち、初日に向けて見えてきた風景があります。
本作では、メジャーリーグのある選手がゲイであることを告白し、それによってさまざまな悲劇喜劇が起こっていきます。キッピーはそれを目撃しながら観客に伝えていくという役割で、稽古を通して、この作品はお客様がどれだけキッピーに寄り添えるかどうかが鍵なんだなと、はっきり見えてきたんです。涼介さん演じるキッピーが、喜怒哀楽を生々しく伝えてくれます。お客様がキッピーと同じ気持ちになれるよう作品全体の演出を心がけています」
――三浦さんとしては、目の前で起こっていることに対し、いかにヴィヴィッドに反応するかというところがポイントでしょうか。
三浦「そうですね。 共演のみんなは本当に個性豊かだし、稽古でもいろいろ試されるんです。 僕はそういうハプニングはちょっと苦手で、どうしよう…という瞬間も結構ありますが(笑)、大丈夫、明日には…と思うことで(不安が)解消されていく感覚があります。
あと、台本には1幕、2幕、3幕と分けて書かれているのですが、今回は休憩がなくて、稽古でも藤田さん、全然止めてくれないんですよ(笑)。 まとめて最後にいろいろ言って下さるのだけど、こちらは正直頭のことは忘れてしまっているので、みんなについていかなきゃと思って、まだまだ必死です」
――藤田さん的には、こういうところを見ていると、やっぱり三浦さんでよかったなと思うところはありますか?
藤田「それはもう全てなんですけど、確かにお稽古の進行については、ちょっと反省しています(笑)。皆さん技量をお持ちの上に相当、入念に準備されているので僕も夢中になってしまうというか、特に涼介さんは膨大な台詞があるのに、非常に真摯に準備されていて、芝居がスムーズに運ばれていきます。それで止めるタイミングがない…というのは言い訳なんですが(笑)、最近は同じシーンを細かく見ながら何度も繰り返しています。質も大事ですが回数がものを言いますから。
先ほど涼介さんが“レール”という表現をしてくださったので、そのまま使わせていただきますと、僕は“こういうレールですよ”という作品全体のベースとなるものを提示するべきだと思いますし、この中で自由にやってくださいというところまでは、やっぱり演出家が作らなければという自負を持っています。そこでどんなレールが敷かれたとしても、確かにそこに“生きる”、そしてお客様にメッセージを伝える、それは役者としては当たり前のことかもしれませんが、その“当たり前”に本当の心で取り組んでいらっしゃるところが、涼介さんが本当に美しいなと感じる理由です」
――製作発表の前に、皆さんで実際に野球を体験されたそうですが、野球というスポーツについて、何か新たな発見はありましたか?
三浦「僕はその日の野球には参加しなかったのですが、この企画があったからこそかもしれないと思えることが、一つあります。どの現場も空気感はいろいろだけど、コロナ禍の影響もあって、作品によっては、キャストが“個々でやっていく”という感じのところもあります。でも今回の現場では、みんなが本当によくお互いのことを見ているんですよ。互いに“こういうことを考えているんだな”“こういう人なんだな”と思えるのは、最初に試合をやって、一緒に汗を流した人が多かったからかもしれないな、と感じています」
藤田「僕は、グラウンドに出ることで、野球場って空が広いんだなということを皆で体感できたのがよかったと思います。
個人的には、幼少から中学校までは野球をやっていたので、ただただ野球できることに喜びを感じてました(笑)。久しぶりだったので体を作っておこうとバッティングセンターにも行き、やる気満々だったのですが…、ちょうどネクストバッターサークルに行った時に終わってしまって、打席には立てませんでした(笑)」
三浦「立てなかったんですか⁈」
藤田「そうなんです。いろいろハプニングがあって、前の方がヒットを打ったのに、次の塁を狙いすぎてアウトになってしまったんですね。でも、それを含めて楽しかったです(笑)。カンパニーとしても、野球を介していろんな話が出来たので、芝居にもいい影響をもたらしたと思います」
――本作を通してお客様にどんなものが伝わるといいなと思われますか?
三浦「どんなものが伝わるんだろう、と思っています。僕は最初に舞台の映像を観た時に、役者目線で、自分がやるなら…という目で観てしまい、内容について何を感じたかが、ちょっと置いてきぼりになってしまったんです(笑)。それだけに、観に来てくださった方が、観終わって劇場を出て、自分の生活に戻ったときに、どんな変化があるのかな…と、そこにすごくわくわくしています」
藤田「お客様に対して1つ、本作を通した明確なメッセージがあると思っています。私たち創り手を“Take Me Out”してくれるのは、お客様の想像力ですという人間賛歌ですね。と同時に、私たちが皆さんを“Take Me Out”することでもあります。さらに、あなたにとってTake Me Outされる存在は、愛する人や愛とは?ということをお客様に問うている作品だとも考えています。
本作には喜劇も悲劇もあるし、人間ですから汚い部分をさらけ出す瞬間もさまざまにあるのですが、それらも含めて、終わった時に“人間は愛しい”という肯定の終幕になるよう、作っています。
どのキャラクターも皆、大事ですが、特にラストシーンで舞台上にいる3人、キッピ―が何を考え、ダレンが何を抱え、メイソンは何を感じたか。お客様に感じて持って帰っていただきたいと思っています。
21世紀初頭に書かれた戯曲だけに、本作はイラク戦争を念頭に書かれているのですが、報復合戦になってしまった世界に対して、“人間には希望や融和が必要だ、僕らは愛し合いたいじゃないか”ということが書かれている物語だと思います。だから、お客様それぞれ一つのシーズンの終わりに、笑いとやさしさや思いやりの心を持ちかえっていただけたらと思っています」
――また、これを機にお2人のタッグが続いていかれることを期待しています。
三浦「ありがとうございます」
藤田「頑張ります」
――ミュージカルも、ぜひ!
藤田「そうですね、今回は台詞劇で歌はありませんが、身体表現はあります。野球のシーンなど躍動するシーンがあります」
三浦「振付は『手紙』の時の新海さんがつけてくださっています」
藤田「新海絵里子さんの振付も、要注目でございます」
(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『Take Me Out』5月17日~6月8日=有楽町よみうりホール、6月14~15日=Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール、6月20~21日=岡山芸術創造劇場 ハレノワ 中劇場、6月27~29日=兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
(*レジェンドチーム、ルーキーチームの2組のキャストによる上演。三浦涼介さんはレジェンドチームに出演)(*一部の公演で子供招待枠も有り) 公式HP
*三浦涼介さん、藤田俊太郎さんのポジティブ・フレーズ&サイン入り公演ちらしをプレゼント致します。詳しくはこちらへ。