実話に基づく2005年の映画を舞台化し、2013年にブロードウェイで開幕。日本でも2016年、19年、22年に日本キャスト版が上演され、連日大入り満員となった『キンキーブーツ』が、メインキャストをほぼ一新し、この春、帰ってきます。
二人の主人公のうち、ひょんなことからドラァグクイーンのローラと出会い、大きく人生を変えて行くチャーリーをWキャストで演じるのが、東啓介さん。これまでも様々な作品に出演し、24年は『VIOLET』『DEATH TAKES A HOLIDAY 』で印象的な演技を見せましたが、今回は念願だった作品への出演ということで、喜びもひとしおの模様です。本格的に始まる稽古を前にしての心境や、現時点で抱くチャーリーのイメージなどをうかがいました。
【あらすじ】英国の田舎町ノーサンプトン生まれのチャーリーは、婚約者のニコラとロンドンでの生活を始めようとした矢先に父の逝去を知り、彼が経営していた靴製造会社を継ぐことに。だが会社は倒産寸前で長年の従業員たちも解雇しなければならず、途方にくれる。“すきま市場”の開拓を従業員の一人ローレンに示唆されたチャーリーは、ロンドンで出会ったドラァグクイーンのローラとの会話から、彼女たちのためのとびきりセクシーな“キンキーブーツ”を作ることを思いつき、ローラをデザイナーに迎えることにするが…。
心躍る数々のナンバーの中でも、特にお気に入りの一曲は…
――東さんは以前から本作に興味をお持ちだったそうですね。
「チャーリーとローラ、どちらの役にも興味がありました。チャーリーに関して言うと、一人では何も出来なかった若者がローラをはじめ、色々な人に関わる中で成長し、みんなからも認めてもらえるようになっていく過程がすごく魅力的で、役者としてやりがいのある役だろうなと思っていました。いっぽう、ローラはとても存在感のある役で、ローラの仕草を磨いたり、ドラァグクイーンとしての悩みを表現出来るのが魅力的に思えました。
そんな中で、チャーリー役でオーディションを受けたのは、僕自身、かつていろんなことにブレてしまったり、誰かの力によって成長できたという経験があるので、そういうものがこの役に活かされるのではないかと思ったのと、楽曲が素晴らしくて、ぜひチャーリーとして歌ってみたいと強く思ったからでした。
今回は、歌とお芝居のオーディションでした。そして、こちらが準備してきたことを一度見ていただいて終わり…ではなく、『キンキーブーツ』の決まり事を織り交ぜながら、僕の個性だったり、やろうとしていたことを引き出して下さり、まるで稽古しているような感覚もあってすごく楽しかったです」
――“稽古のようなオーディション”で発見出来たこともありましたか?
「2シーンやらせていただく中で、チャーリーの人格をより、知ることが出来たように思います。彼には、勢いで突っ走ってしまう“青さ”みたいなものがあって、自信満々だからこそできる行動や所作があるんだな、と思いながら、日本版演出協力の岸谷五朗さんとともに人物像を作らせていただきました」
――チャーリーはどの程度“青い”のでしょうか。いい歳をしているけれどまだ未熟、というアプローチもあれば、実際、年齢的にまだ若く経験も乏しい…というアプローチもあろうかと思います。
「大人であることは間違い無いけれど、親の跡は継ぎたくない。自分のやりたいことをやりたい。親よりもっとできるという青さ、過信みたいなものがあるけれど、周りから見たら“まだまだ”…という青年だと思います。そんな彼が、様々な人と関わることによって、例えばローラや工場の人たちの気持ちを汲み取らない、失礼な発言をしてしまったことに気づき、成長する。その過程が、音楽とともに非常にうまく描かれている作品だなと感じます」
――本作では二組の父子の対比というのが一つのポイントかと思われますが、ローラとお父さんの関係性が見えやすいいっぽうで、チャーリーとその父との関係性はいかがでしょう。現時点でどうとらえていますか?
「稽古をやるうちに感じ方が変わってくるかもしれませんが、チャーリーとしては、工場の人たちから、お父さんはこうでしたと言われることで劣等感をもったり、チャーリーはチャーリーなんだと認めてほしいがために父親とは違うことをやろうとする反抗心は持っていると思います。お父さんのことは嫌いでは無い。でも僕はお父さんじゃ無いんだよ、というのを主張したいんじゃないかな」
――冒頭、チャーリーの父は少年時代のチャーリーに向かって“The most beautiful thing in the world”と誇らしげに靴の素晴らしさを語り(歌い)ますが、 ここでのチャーリーはお父さんの言っていることを素直に信じているのですね。
「そう思いますね。靴の素晴らしさをその時には感じているし、心躍る宝物のようなものだと思っているのではないかな。
そんなチャーリーが大きくなって、学校に行ったり社会を知ることで、田舎にいることを恥ずかしく感じたりしたかもしれないけれど、ニコラと一緒にロンドンに出てきても、自分のやりたいことをやれているかどうかはわからない。ローラに出会うまでのチャーリーは、自分の軸がまだ定まっていないのでしょうね。でも、幼少期に素直にとらえられたものがとらえられなくなっているのは、自我が芽生えてきているということで、ある意味成長しているのだなと思います」
――本作のテーマの一つに「自分が変われば世界も変わる」ということがありますが、もののとらえ方を変えたことで状況が変わる…といった経験を、東さんもされたことがおありですか?
「生き方そのものに関わるようなことでは、まだ体験できていないかもしれません。でも、役者としての在り方という部分では変わったかな。以前は、これはこうしなければいけないという固定概念みたいなものに縛られがちだったけれど、今は、本作に出てくるように、“ありのまま”を大事にすることによって、より自分の個性が出てきている気がします」
――今回、ご自身の中でテーマにしたいと思っていることはありますか?
「“成長”ですね。人を受け入れることによる成長、自分が行動を起こすことでの成長、決断することによる成長。それらが世界を変えることや、ありのままを受け入れるということ、愛や友情を育むことにも繋がっていくのかなと思います。ドラマティックですね。音楽がそれを物語っています」
――既にかなり歌い込んでいらっしゃるかと思いますが、楽曲はいかがですか?
「歌っていてすごく楽しいです。歌っていて心が躍りますし、同時に難しさも感じます。本稽古が始まって、台詞をしゃべって音楽に辿り着くまでにどのように歌い方が変わっていくのか、楽しみですね。
音楽的に特に好きなナンバーを挙げるなら、(チャーリーの友人)ハリーが歌う“TAKE WHAT YOU’VE GOT”。カントリーぽいというか、リズムをとりたくなるような軽快さがあって好きですね。チャーリーのナンバーで好きなのは、やはり“SOUL OF A MAN”。大きな成長のあるナンバーで、認めたくないけれどお父さんのようにはなれない…という気づきがある。それがエネルギッシュな曲調で表現されていて、かっこいいなと思います」
――本作のために鍛えたいなと思っていらっしゃることはありますか?
「やっぱり歌ですね。チャーリーは頭から終わりまで、ものすごい台詞量を喋っていて、そこに楽曲が挟まってきます。幸いにもWキャストという味方がいるので、一緒に切磋琢磨しながら、最高のパフォーマンスが出来るよう、何も考えなくても自由に歌えるようにもっていけるようにしたいと思っています」
――本作は観た人みんながハッピーになれる作品と言われています。その魅力の源泉は何だと思われますか?
「作品の内容ももちろんですが、スタッフもキャストも、全員が楽しんでいることで、それがお客様にも伝染しているのではないかなと思います」
――どんな舞台になればいいなと思われますか?
「世界で、そして日本でも初演からずっと愛されている作品なので、今回のキャストでも観て頂いた方にも“素晴らしい““よかった”“もう一度観たい!”と思っていただけるようなカンパニーにしていきたいです」
これまでに経験した全ての役が、今の挑戦に活きている
――プロフィールについても少しうかがえればと思います。東さんに前回インタビューさせていただいたのが、2019年『Color of Life』の時でした。以降、順調にキャリアを重ねていらっしゃいますが、一つ意表をついたのが、『恋、燃ゆる。』(2020年)での政之助役です。彼が酒席であることを語ることで主人公の家庭崩壊に繋がって行くという、作品のキーパーソンをクールに演じていらっしゃり、新境地を拓かれたようにお見受けしました。
「演出の石丸さち子さんが、僕に挑戦させたいと言ってくださった役でした。これまでやってきた全ての役がその後に活きていますが、政之助のような役をやったことで、今回演じるチャーリーの、父親に対する思いの表現にもプラスになっているんじゃないかなと思います」
――24年にはまず『VIOLET』のフリックで好演されましたが、とりわけ冒頭で、人種差別に苦しむ黒人の悲哀を、台詞無しで見事に表現されました。
「日本に住んでいる僕らとしては、白人と黒人の距離感というものがなかなか掴めないので難しかったです。でも、藤田俊太郎さんの演出の力もあいまって、このシーンをしっかり受け止めて下さった方がいらっしゃり、嬉しかったです」
――昨秋に出演された『DEATH TAKES A HOLIDAY』では、エリック役として、戦争の悲惨さを表現する、非常にドラマティックなナンバーを歌われました。
「僕が出てくるまで1時間15分くらいあって、出てきて即、あの世界観に入っていかなければいけないというプレッシャーをすごく感じましたし、4分半という大きなナンバーで、歌いながら回想と現在が入り混じる…というのは僕の役者人生の中でもなかなかないことでした。何としてでも爪跡を残したい、あのシーンを成功させたい、と強い思いをこめてあの一曲を歌いました」
――幅広い役柄をこなして来られましたが、ご自身の手応えはいかがでしょうか。
「まだまだですね。数多くの役を演じさせていただくことで、もちろん自分の蓄えにはなっているとは思いますが、もっと大きく羽ばたくためには、さらにいろんなものを経験し、皆様に観ていただく機会を増やしたいと思っています。まだまだ吸収したいし、放出したいという気持ちでいっぱいです」
――前回のインタビューで、どんな表現者をめざしますかとお尋ねしたところ、東さんは“人の心を動かせる表現者です”とおっしゃっていましたね。
「お客さんがそうなってくれたら僕は嬉しいですし、ずっとそれが出来る役者でいたいです。でも、簡単に満足してはいけないと思っていて、理想を掲げ続けることによって自分を鼓舞したい。今は“人の心を動かせる”に加えて、“あなたに頼みたい”と言っていただける、必要とされる役者になっていきたい、と思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 ブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』2025年4月27日~5月18日=東急シアターオーブ、5月26日~6月8日=オリックス劇場 公式HP
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