Musical Theater Japan

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失われゆく、心の青空。J・テソーリが放つ衝撃のオペラ『グラウンデッド』が映画館で限定上映

『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』🄫Ken Howard/Metropolitan Opera


両手を鎖に繋がれた、連行途中の女性。彼女はふと足を止め、頭を上げる。自分にとって“自由”そのものを意味する、青空を探すかのように…。

かつて彼女――ジェスは大空を駆け巡り、ターゲットを次々と爆撃する優秀な米軍パイロットだった。だが休暇中、バーで出会った牧場主エリックと恋に落ち、妊娠。上官はキャリアのためにと“対処”を勧めるが、迷った末に彼女は“飛行無しの任務”に移り、出産することを選ぶ。

 

『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』🄫Ken Howard/Metropolitan Opera


5年後、空への憧れを捨てきれなかったジェスは、パイロットへの復帰を直訴。上官はブランクを理由に、彼女をドローン操縦チームに送り込む。ラスベガス近郊の基地で、遠く離れたアフガニスタンのドローンを、画面越しに操作するのだ。

自分は安全な場所にいるという奇妙な感覚の中で、次々と戦功をあげるジェス。シフトが終われば帰宅し、エリック、娘サムとの穏やかな生活も送ることができた。しかしリモートで日々、彼女が“罪人たち”と呼ぶところの“敵”を排除し、表情まで見える高性能カメラを通して彼らの最期を見届けるうち、彼女の精神は少しずつ蝕まれてゆく。

そしてついに、ある事件が起きる…。

 

『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』🄫Ken Howard/Metropolitan Opera


『VIOLET』『モダン・ミリー』『シュレック・ザ・ミュージカル』『FUN HOME』等の作曲家ジニーン・テソーリが、女性として初めてメトロポリタン・オペラから委嘱されて作曲し、2023年に初演。今年改訂を加えてメトロポリタン・オペラで上演されたオペラ『グラウンデッド』が、METライブ・ビューイング2024-2025第二弾として、12月13~19日までの一週間、各地の映画館で限定公開されています。(東劇のみ26日までの二週間)

 

『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』🄫Ken Howard/Metropolitan Opera


原作はジョージ・ブラントによる同名の一人芝居。今回のライブ・ビューイングの幕間に差し挟まれたインタビューで、ブラントは「もともとドローンに関心を持っていたが、リサーチをするうちドローン部隊がラスベガス近郊で勤務していることを知り、“ふつうの生活”を送りながら戦争に従事している操縦士たちの物語を書こうと思った」と語っています。

戦争における個人の責任の曖昧さを、ジェンダー・ギャップの問題を絡めつつ描き出すこの物語を、テソーリは時に印象的な旋律を織り交ぜつつ、緊張感溢れるオペラとして再構築。ヴィジュアル面では、ジェスが飛行したりドローン操縦をする場面では天井、壁、床の三方を400枚のLEDパネルが覆い、迫力の映像が映し出されるのに対して、エリックの登場シーンでは木材を多用したセットが登場し、“アナログ”感を強調。ヴィジュアル的にも、ジェスが対照的な二つの世界を往来していることが、わかりやすく示されています。(演出は『春のめざめ』のマイケル・メイヤー。プロジェクション・デザイナー=ジェイソン・H・トンプソン、美術は『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ1812』でトニー賞を受賞したミミ・リエン)

 

『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』🄫Ken Howard/Metropolitan Opera


何よりの見どころは、テソーリがあて書きをしたというジェス役、エミリー・ダンジェロの、迫真の演技。男性社会で活躍するジェスが青空と一体化する高揚感を、どこかナイーブな危うさをはらみながら歌い上げる序盤から、エリックと“対等に”恋に落ちるさま、妊娠を打ち明けた際の、存在価値を否定するような上司からの言葉に愕然とする姿、ドローンのカメラを通して日々“敵”の顔を見るうち、いやでも戦争の本質を突き付けられ、幻覚に襲われるようになっていくまでを、凛とした佇まいと歌声、そして力強い目の演技で体現し、観る者を引き込みます。

 

『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』🄫Ken Howard/Metropolitan Opera


オペラとなると3時間、4時間を超える作品が多い中で、本作は(幕間を含めて)上映時間2時間41分。ミュージカル・ファン、“オペラは観たことがない”という方にとっても、体験しやすい上映と言えるでしょう。

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*上映情報 METライブ・ビューイング『グラウンデッド 翼を折られたパイロット』12月13~19日=札幌シネマフロンティアほか各地の映画館にて上映。(東劇のみ26日までの2週間上映)公式HP