韓国発のミュージカルが日本でもますます注目を集める中で、映画『シュリ』(日本公開2000年)の配給以来、様々な韓国コンテンツを紹介してきたアミューズが、これまでの経験・人脈を活かし、新たなプロジェクトをスタート。現地のクリエイターとタッグを組み、広くアジア市場をターゲットに、ミュージカルを創り始めました。
第一作目の『OZ』(脚本・作詞=キム・ソルジ、作曲=ムン・ソヒョン、演出=パク・ジヘ)は、23年7月にソウルで開幕。口コミで観客を増やし、その後のアンコール公演ともども、“最もチケットの取れないミュージカル”と呼ばれるほどの人気作となっています。
10月には中国・上海でも上演された本作は、11月に日本に上陸。日本語版の脚本を西垣匡基さん、訳詞を森雪之丞さんが手掛け、今野大輝さんの主演で連日、大入り満員となりました。
年末にはソウルで第二弾の開幕を予定しているこのプロジェクトは、どのような可能性を秘めているでしょうか。これまで声優として活躍し、『OZ』では明朗な口跡で存在感を示した波多野翔さん(バウムクーヘン役)に日本版の手応えを、そして本プロジェクトの企画・プロデュースをつとめるアミューズ・コリアの清山こずえ代表に、これまでの経緯と今後の展望をうかがいました。
《『OZ』あらすじ》多くの雇用が人工知能にとってかわっている2045年。無人のVR機器工場で唯一の人間労働者として働く青年ジュンの唯一の楽しみは、バーチャルリアリティー・ゲーム「OZ」だった。
無課金ユーザーの彼は、ゲームの中で主人のいない迷子のAI“ブリキ”と出会い、一緒にやろうと声をかける。自信家のマックスも、相棒の“ボタン”とゲームにログインしてきた。ジュンたちはオズの魔法使いに会いに行こうと、冒険の旅に出るが…。
波多野翔インタビュー:“いい出会いはきっとある”というメッセージを届けたいです
――波多野さんは、ミュージカルへの出演は今回が2作目とうかがいました。
「ふだんは声優をやっていますので、ミュージカル俳優としては新人ですが、以前から舞台に興味がありました。TVの音楽番組で山崎育三郎さんの歌を聴いたのがきっかけで、帝劇の大作ミュージカルから2.5次元まで、いろいろな舞台を観るようになりまして。歌って踊って全てを注ぎ込んだエンタテインメントに挑戦したいと思っていたので、今回の出演はとても嬉しいです」
――実際に出演されてみて、いかがですか?
「声優の時は、基本的にはキャラクターが動いているところに、声や息をあてます。そしてたくさんのスタッフさんの力が集結して最終的に放送されますが、舞台ですと、自分自身が生身で動いて、失敗も成功もその場で見られてしまう。そう思うと、最初は不安と緊張が半端なかったです(笑)。
また、声のお芝居って、観ている方にわかりやすく伝わるよう、ある程度大げさというか、声を張る部分があるのですが、舞台では基本的に人との会話になってくるので、リアルなテンションの中でお客様にどう届けるか、というのが違うなと思いました」
――歌唱についてはいかがでしょうか?
「声優としてキャラクターソングを歌ったことはありますが、ミュージカルだとよりクラシック寄りだったり、深みのある歌唱が求められるので、そこも違うなぁと感じました」
――作者、演出ともに韓国の方ということで、韓国らしさを感じることはありましたか?
「日本のミュージカルだったらこういうふうにするところを、韓国だとこうなるんだな、という文化的な違いがいろいろありました。これは勉強になるなと思って、ひたすら“吸収”しようと心がけました。
例えば、日本だと自然体のお芝居を求められることが多いけれど、今回はため息をつくのも、話をそらしてそっぽを向くのも、日本ならちょっとした首の動きでいいとされるのが、体ごと動いて、大きく見せる…という表現が求められました。アニメと通じる部分があるのかな、ちょっと似たものがあるなと思いました」
――波多野さん演じるバウムクーヘンはゲームの開発者ということで、他のキャラクターとは居る次元の異なる役ですね。
「基本的にみんなはゲームの中で表現しているけれど、僕はゲームを作った立場で俯瞰しています。開発者なのでお金がどれだけ儲かるかなども考えている立場なので、そこまでみ
んなのドラマに入り込んではいけないな、冷静でないといけないなと思っています。終盤は特に、波多野翔としては感情が昂ぶっても、バウムクーヘンとしては抑えないといけない…というのが難しいなと感じています」
――今回は韓国版のオリジナル・キャストがお一人、日本版にも出演されていますね。ブリキ役のソン・ユテクさんとの共演はいかがですか?
「韓国ミュージカルは歌のレベルが高いとよく言われますが、ソン・ユテクさんも凄いです。歌の中でお芝居的な表現をすることはすごく難しいと思いますが、それを彼にとっては外国語の日本語でやってのけてしまうのが凄いです。笑わせたり、切なくさせたりという表現力も、レベルが違うと思いました。
彼自身も魅力的な方で、お食事をご一緒していても、ちょっとした素の部分が本当に紳士なんです。みんなが先でいいよ、僕は後で、と。本番が近くなってみんながいっぱいいっぱいの時も緊張をほぐしてくれて、皆のお兄さん的存在です」
――本作を通して、お客様にどんなことが伝わるといいなと感じていますか?
「どんな仕事も、たとえ単調であってもどれも大切であって、そのおかげでこの世界は成立していると思います。日常がつまらなく感じられた時には、小さなことでもいいので、何かに幸せを見つけられたらいいですよね。ジュンにとっては、それがOZのゲームの中での、ブリキとの出会いでした。諦めないでいれば、今が不幸でも、きっとどこかにいい出会いはある。この作品を観て、そんなことを感じていただけたら嬉しいです」
――これからもミュージカルへの出演を希望されますか?
「表現することにおいては役者も声優も変わらないと思っているので、これからもミュージカル含め、いろいろな作品に関わって、素敵なものをお届け出来たらと思っています。好きなミュージカルは『モーツァルト!』です! 山崎さんへの憧れというのも大きいのですが、主人公が葛藤する中で、観る者の感情をあそこまで激しく揺り動かす作品ってなかなかないと思います。いつかやってみたい役です。
あと今回、韓国人スタッフから“韓国受けする顔”だと言っていただいたので(笑)、言葉を覚えて韓国でもお仕事してみたいです。いろいろとチャレンジして行きたいです!」
清山こずえプロデューサーインタビュー:“エンタメを楽しむ心はボーダーレス”と信じて
――本作誕生の経緯をお教えください。
「私自身は2018年くらいから韓国ミュージカルの招聘を手掛けるようになったのですが、それまで演劇に限らずアイドル、ドラマなどいろいろな分野で人脈を構築していたこともあり、韓国クリエイターの方々といい作品を一緒に創りたいと思い、2019年末から始動しました。
IP企画開発(作品を開発、想像し、それらに対する価値や権利を保有すること)以外の事業もいくつか並行していたので、通常業務を終えた夜に企画開発業務を行う日々でした。年間200本以上の小説、漫画、そしてもちろんミュージカルにも触れながら題材を探しつつ、数えきれないほどの企画書も作成しましたね。
「OZ」作家のキム・ソルジさんには2020年の年末頃に出会って、一緒に企画開発をスタートさせました。2021年秋に韓国コンテンツ振興委員会という、若手の作家をサポートする団体が実施するリーディング・ショーケースで「OZ」の原案となった『イエロー・ブリキ・ロード』を披露。そこで初めて聴いたムン・ソヒョンさん(作曲)の音楽もとても良かったので、そこからこの作品を本格的にディベロップしていくことにしたのです。いまの台本とは全然違いますね。初演を迎えるまで(完成まで)1年半程かかったと思います。」
――いろいろなテーマの作品がある中で、なぜこの物語を選ばれたのですか?
「『ドラえもん』を見て育った世代ということもあり(笑)、私は以前から、人間とロボットの間の友情に対して憧れを持っていました。当時はコロナ禍で、韓国でも公演が中止になったり、作品的にもサスペンス的な暗いものが多く、この時代だからこそ、温かな気持ちになれる、癒しになるような作品を届けたいという気持ちがあったので、ショーケースの時に“これだ!”と思いました。たとえ失敗しても、私はこの作品を世の中に残したい、と強く思い覚悟を決めました」
――当初は登場人物は男女混合だったのが、最終的に全員男性になったのだそうですね。
「どちらかに統一することで、後々、別バージョンも作って作品世界が発展できると思いましたし、顧客のニーズを理解するためのマーケティング戦略も重要でした。作家さんとは今、このIPをさらに発展させるべくさまざまな企画を一緒に考えています」
――今回の日本公演には、韓国版オリジナル・キャストのソン・ユテクさんも出演されていますね。
「ブリキはAIという役どころなので、流暢な日本語でなくても成立する、むしろ可能性があると思い、声をかけたところ、彼はその時点で日本語経験は全く無かったけれど“チャレンジします”と快諾してくれました。いろんな作品をかけもちしながら、一生懸命日本語の台詞を覚えてくれましたし、ただ覚えるだけではなく日本語の台詞の分析に至るまでとても熱心に取り組んでくださいました。2回の韓国公演で合計6か月ブリキを演じていたこともあると思いますが、習得は非常に早くて。(日韓の人々が)タッグを組んで新しい挑戦ができる作品にしたいと思っていたので、実現できて良かったです。
主人公ジュン役の今野大輝さん、マックス役の藤岡真威人さん、ボタン役の中村浩大さん、バウムクーヘン役の弊社所属の波多野翔も、日本で活躍している若い才能たち。彼らが出てくれたことで、お客様の心に残る舞台になったのでは、と思いますし、もう少し長く公演できる作品にも育てていきたいと思っています」
――清山さんは以前、別部署で活躍されていましたが、そこから単身韓国にわたり、モノづくりをされていく中で、ご苦労もあったのではないでしょうか。
「渡韓した当初は、日本人は私一人だったので、大変なことは山のようにありました。当時は言葉もわからなかったので、誤解が生まれて傷ついたり、傷つけてしまったりということも…。
でも、きれいごとかもしれないけど、たとえ国が違っても、同じ人間なのだからエンタメを楽しむ気持ちはボーダーレスだと信じていました。国境を越えて、いい作品を世の中に発信していきたいという気持ちを持ち続けたことで、仲間も増え、本作のような作品に結実していったのだと思います。
当初私は、『OZ』を創るにあたって、日本人が関わっているからどうこうではなく、純粋な気持ちで作品を観てほしかったので、社名もプロデューサー名もあえて公開しなくてもいいと考えていました。でも、韓国のクリエイティブチームやスタッフ全員が“それは違います。心配しなくてもいいですよ!”と言ってくださって。
そして開幕したところ、観に来てくれた方々が作品のことだけではなく、運営やMDに関することまで全てのことにおいて嬉しいお言葉をたくさんかけてくださって。終演後に大きな拍手を送ってくださるお客様の姿に感動して、初日に号泣してしまいました」
――プロジェクト第二弾がもうすぐソウルで開幕だそうですね。
「12月18日に開幕します。米国のマフィア、アル・カポネにまつわるお話で、『OZ』とは別のクリエイター陣による作品です。フィクションとノンフィクションを混ぜてミュージカルを創り上げました。
人生は、嬉しいことだけではなくて、悲しいことや苦しいこともあると思います。毎日学校に行って一生懸命頑張って勉強する日々を送っている学生の方々、毎日朝から夜までそれぞれの仕事をさまざまな環境で頑張っている社会人の方々、みんな毎日を一生懸命頑張って生活していると思うのです。
そんな中でわざわざ貴重な時間を割いて観に来てくださったら、“明日も頑張ろう”と思ってほしい。そう思って、楽しく笑ってもらえるような作品に仕上げています。クリエイター陣と4年がかりで練り上げた作品です。これからも1年に一本ずつくらいのペースで、作品を創っていけたらと思っています」
――ブロードウェイの観客に求められるものと韓国ミュージカルのそれには違いがあると言われますが、意識されますか?
「もちろんたくさんの方々に観ていただける機会を作りたいなとは思っているので、ブロードウェイの知り合いのプロデューサーに『OZ』の相談はしていますし、第二弾の作品も、カポネの出身地、シカゴでショーケースができたらと思っています。でも私はブロードウェイに行くための作品を創っているわけではありません。まずは私が住んでいる国・韓国と日本のファンの皆さんに絶対に喜んでもらえるものを創りたいという思いが強いです。グローバルという言葉を使っていない理由もそこにあります。いつかはアメリカでも可能性が出てくるかもしれないけど、目の前にいる身近な人たちにまず届けたいと思っています」
――日本のクリエイターを育てることは考えていらっしゃいますか?
「日本のクリエイターの方々とも是非お仕事をご一緒したいと思っていますし、日本のクリエイティブの素晴らしさも世界に届けたいと思っています。日本のアニメや漫画は世界に誇るべきものだし、低予算でも面白くて素晴らしいドラマも日本ではたくさん作られています。韓国の私のクリエイティブ・パートナー達も“私たちは日本のアニメも漫画もドラマもたくさん見てきたしたくさん刺激を受けてきたので、是非タッグを組んで一緒に良い作品を作れたらいいですね”と言っています。
互いに切磋琢磨するものができたらと思い、弊社では今はドラマで日韓共作をしています。ミュージカルも今後、例えば日本の脚本家と韓国の演出家の組み合わせといったような組み合わせでやっていきたいのですが、日本の脚本家に何人か声をかけて断られたりもしましたので、容易ではないかもしれないですが、諦めずに挑戦していきたいと思っています」
――日本では若い方が、演劇で食べて行くことに対して夢を持ちにくいという現実もあるかと思いますが…。
「韓国では新作ミュージカルも最低でも2〜3か月上演する傾向が一般的なので、日本でもそういう土壌が出来たらいいなと思います。韓国では国のバックアップがありますが、日本では積極的な支援が見えづらいことで、才能のあるクリエイターはいる筈なのに、諦めていらっしゃる方も多いのかもしれません。
韓国では、ドラマの場合、執筆期間は制作者が作家のさまざまなサポートをするんです。バジェットは膨らむけれど、日本でもそういったことが出来るようになると、クリエイターは増えていくと思います。リーディング・ショーケースもやりたいですね。微力ですが、出来ることをやっていけたらと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 ミュージカル『OZ』11月14~20日=I’M A SHOW 公式HP
*次回作の公演情報 ミュージカル『カポネミルク』12月18日~2025年3月9日=韓国・大学路/YES24 アートワン1館 火~金 20時/土 15時・19時/日・祝 14時・18時(月曜日休演)予約サイト(英語ページ)
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