秋田県仙北市を拠点に、日本の民俗芸能をベースとして多彩な作品を上演している「わらび座」。手塚治虫さんの代表作を高橋知伽江さんの脚本で舞台化した最新ミュージカル『ジャングル大帝レオ』はじめ、精力的な公演活動を力強く支えているのが、精鋭揃いのスタッフです。
中でも四半世紀にわたり、たった一人で劇団の全作品の小道具を手掛けているのが、平野忍さん。もともとは役者として入団したものの、ある日突然、小道具を担当することになったのだそう。手探りでノウハウを身に着け、最近は寸暇を惜しんで地元の他業種とのコラボも楽しむ、まさに“スーパー小道具さん”の彼女に、これまでの歩みや“小道具”という仕事の醍醐味を、たっぷりうかがいました。
役者からある日突然、小道具を担当することに。
――平野さんはわらび座に何年くらいいらっしゃるのですか?
「38年です。北秋田市出身で、高校時代は演劇部に入っていたのですが、ある時、当時盛んに上演されていた県民オペラの手伝いを頼まれまして。行ってみたら、そこにわらび座の俳優とスタッフの方が参加されていたのです。
それまでどの“劇団”も東京にあると思っていたので(笑)、秋田にも劇団があるんだ!と感激し、わらび座に見学に行ったところ、アットホームな空気の中であたたかく迎えていただきました。“こういう人たちと仕事をしたい”と思い、卒業の4日後に入団しました。
劇団は幾つかの班に分かれて活動していて、私は修学旅行生を受け入れる“ひまわり班”で、学生さん達に踊りや歌をお見せし、最後にソーラン節を一緒に踊るということをやっていました。青森のじょんから節などを取り入れた『津軽』という舞台にも出ていましたね。
ところが、私が出産をしたころ、劇団がミュージカル中心にシフトすることになりました。私は高校の時に喉を壊して以来、歌や大きな声で台詞を言うのが苦手でして。劇団の人から“経理か小道具に移ってもらえませんか”と言われ、まだ踊りたかったな〜と思いつつ、少しでも舞台に近い、小道具に異動しました。
“まさか”の独り作業、必死に切り抜けたピンチ
当時、小道具は大ベテランの方が一人で担当されていて、“宜しくお願いします”とご挨拶してご一緒に作り始めました。…が、その方が一年後に突然退団してしまって。待てよ、この一年間何も教わっていないかも!と思って愕然としましたが、すぐに開幕する演目があり、作成途中だったものを必死に完成させました。
最初の窮地は切り抜けましたが、ミュージカル中心化と共に小道具にもいろいろなものが求められるようになり、まず困ったのが材料の調達でした。今ではインターネットで簡単に買えますが、この辺りには東急ハンズのようなお店はないので、公演の度に泊りがけで、東京に材料を仕入れに行きましたね。そのうち、鎧や兜、特殊な刀も必要になってきて、どう作ったものか途方に暮れ、昔わらび座にいて、その時は東京で小道具を作っていた方に相談することにしたのです。
その方はいろいろ教えて下さいましたが、中でも、鎧の素材として教えて頂いて今も役立っているのが、サンペルカという断熱材です。戦隊ヒーローものなどでも使われているらしいのですが、用途に合わせていろんな厚さが選べるし、ハサミでもカッターでも切れる。重ねてひもを通したりも出来ます。使い勝手がいいので、今では何かを作る時にまず“サンペルカでなら作れるかな”と想像することも多いです。
このお仕事は正解がないので、同じものを作るのにも、木を使う方もいらっしゃるかもしれません。私自身、半年たってから他の素材で作り直すこともあります。発想次第でいろいろ工夫できるのが、この仕事の楽しいところです」
試行錯誤の末、表現できた“肉球”
――特に苦心されたものとしては、どんなものがありますか?
「『ジパング青春記』という作品に猫が出てくるのですが、演出の横内謙介さんが、寝っ転がったときに足の裏の肉球を見せたいとおっしゃったんです。でもダンスがあるので、何をつけても役者が踊っているうちに取れてしまう。横内さんから“もうちょっと頑張りましょう”と言われて“どうしたらいいんだろう”と悩んだ結果思いついたのが、染める時のひと手間です。
猫たちが履いていたゴム足袋は黒く染めていたのですが、ボンドで肉球型にマークをつけてから染めれば、そこだけゴムのオレンジ色が残って肉球に見えるじゃない?と。私から“つけました”とアピールしなかったので、横内さんには気づいていただけなかったかもしれませんが(笑)、自分的に何とか肉球が表現出来、ホッとしました。
この作品ではもう一つ課題があって、子猫たちがにゃーと怒るダンスがあるのですが、振付のラッキィ池田さんが、“怒る時に尻尾が上がってほしい”とおっしゃったんです。チューブに針金を通して尻尾にしているのですが、これをカキンと上がるよう操作するにはどうすればいいか。この時は先ほどお話した東京のベテランの方に、建具のような部品を教えて頂き、上げられるようになりました。踊っているうちに自然に重みで下がってくるのもちょうどいい感じで(笑)気に入っています」
求められていないのに、どうしても作りたくなったモノ
――では「会心の作」は?
「台本に書かれているわけでも、演出から欲しいとも言われていないのに、むしょうに作りたくなったものがあります。
『竿燈物語』という、秋田の祭りの提灯を作る家族の物語の時に、みんなで提灯作りの工程を取材に行ったのですが、台本には実際に作業をするシーンが無かったんですよ。でも作業場のキットみたいなのがあるといいんじゃないかな…と思い、現地で取材したときの映像を見て、大きさを想像しながら作りました。
作業場を再現するために、提灯を解剖してみると、8枚くらいの紙を張り合わせて作っていて、手作りの提灯が高価なのには理由があるなと思いました。紙も薄くて、それをぴんと張らないと様にならないんです。改めて、職人さんの技に感銘を受けました。完成品は、使われることはなかったけれど、せっかくなので…と舞台の左右に置いてもらいました。雰囲気の演出には役立ったかもしれません。
気が付けば、楽器や家具も手掛けるように
『だってあなたの娘ですから~南極探検家白瀬矗と家族の物語』という作品では、アイヌのトンコリを弾く場面がありました。わらび座はトンコリを所有してはいましたが、当時、他の作品で使っていて、もう一台必要ということになり、もしかしたら自分で作れるかな?と挑戦することにしました。
動画サイトで調べたところ、一本の太い木を船のように掘って蓋をする構造だと分かりましたが、私は1センチの板を4枚重ねて作ってみました。本物同様、空洞の中に“命”という玉も入れています。見様見真似でしたが、舞台では実際に俳優がこれを使って演奏しています。
ちょうどこの作品の頃にわらび座が民事再生になり、クラウドファンディング用に小道具からも何か御礼のお品をということで、このトンコリをもう一つ作りました。磁石で開閉する収納箱も作ったので、“ついに家具も作るようになったか~”と思いましたね(笑)。
クラウドファンディング用には、小型の獅子も作りました。歯と枠の部分が木で、本体は発泡スチロールです。紙やすりでカットしていくと削れるんです。子供が遊ぶのにもいいし玄関に飾るのにもいい、と好評をいただけて有難かったです」
大千穐楽間近の『北斎マンガ』では、マイクにご注目!
――現在ツアー中の作品『北斎マンガ』は、12月20日に東京で大千穐楽を迎えます。この作品でお気に入りの小道具と言えば?
「中盤に、北斎がロックスタ-のように歌い踊るシ-ンがあって、いつも大盛り上がりするのですが、マイクとマイクスタンドにご注目下さい。大根と箒が活躍しています!(笑)。
大根を竹箒にぶっ刺してマイクにして使いたい、と演出からのオーダーがありまして、素材のほとんどはぬいぐるみのような布と綿で作っています。ただ、毎回刺したり抜いたりを繰り返しているのと、竹箒を矢沢永吉さんのようにぐるっと一回転させるため、簡単に抜けないよう、差し込み部分にはサンペルカを入れています。入れ込む時の力できつめに入るので、今までそんなに抜けた事はないかと思います。
意外に苦労したのが竹箒の方で、筆がわりに床に絵を描く動作をするのですが、力強さを表現するため床に強く打ちつけ、竹そのものが割れてしまうことが度々ありました。そこで既製品の竹箒をいったん解体し、竹をぐるぐると補強してから下の枝を取り付けました。公演をすることで、こうした補強の重要性もわかってきます」
モノ作りが好きな新人、募集中です
――観察と発想を大切に、工夫を重ねながら小道具を作って来られたことがうかがえますが、それにしてもお一人でやって来られたことに驚きます。
「一人分の作業しか出来ない、と皆わかっているので、無理な要求はされない…というところはあるかと思います。
ただ、一時期はかなり大変でした。わらび座の大劇場と子供向けの小さい作品に加えて、愛媛の坊っちゃん劇場の作品も担当していたのですが、それらの開幕が毎年3~4月に集中していたんです。初日が直近のものから取り掛かりつつ、全作品の台本を検討して、同じような小道具があれば同時に作るなど、効率化を図りましたが、それでも“今日は今日中に帰れるかな~”ということもあったかも(笑)。
新人はもちろん募集中です! モノ作りが好きな方、いろんな発想が出来る方にとってとても楽しいお仕事だと思いますが、自分のイメージだけで作らないで、演出から“こうしてほしい”と言われた時に、意図を汲んで作ることも求められます。なので、入団されたらまず他の部署を体験して劇団の皆とコミュニケーションをとれるようになってから、小道具に来ていただくことになるかもしれません」
――改めて、わらび座の良さをどう感じていらっしゃいますか?
「スタッフ、俳優の誰もが人間味があって、家族的な雰囲気があります。そしてどの作品にも、心に響く、ぐっとくるポイントがあって、“そうなんだよ~”と思うことが多いです。
あと、わらび座は民俗芸能の人たちとふれあいながら出来た作品を受け継ぎ、発展させているので、伝統的な踊りが入っている作品が多いんです。足腰の太い人たちが大地を踏みしめ、怒りや喜びを表現しているのを観ると感動しますし、これからもそういう表現の出来る劇団であってほしいと思います。最新作の『ジャングル大帝レオ』でも、(アフリカのお話ですが)岩手の獅子踊りが取り入れられていて、大地に眠っているものを起こすイメージが力強く表現されていると思います」
地元の方々との“コラボ”も楽しんでいます
――平野さんは劇団の仕事の合間に、地元のお店ともコラボされているそうですね。
「角館の西宮家という武家屋敷で実演販売している“角館草履”さんとのコラボで、和柄の足袋を作って販売しています。
きっかけは、ゴム部分だけが小道具に必要でゴム足袋を解体していた時、残った部分を使って何かできるような気がしたこと。わらび座だけでなく、広く地元の方々と一緒に盛り上がれればと思っていたこともあって、角館草履さんとコラボしたところ、角館の祭り好きの方々が履いてくださる程、好評をいただいています。
オーダーメイドもお受けしていますし、新しいものが出来るとインスタで“こういうもの作りました”とアップしたりもしています。小道具の私が発信することで、わらび座に対して新たな角度から興味を持っていただける方がいらっしゃることも嬉しく思っています」
――最後に、わらび座の本拠地、秋田の良さをお教えください。
「四季折々の美しさですね。冬の雪は大変ですが、だからこそ、春が来ることが嬉しく、花が咲いた後には山菜が生えてくるのも楽しみです。旬のものはどれも美味しいですが、特にフキノトウを刻んで作るばっきゃ味噌なんて、都会にはないご馳走だと思います。
小道具って、シンナーを使ったりしますし、使い込んだ小道具は最後に産業廃棄物になってしまいますが、(わらび劇場のある)あきた芸術村には緑があるので、たくさん酸素があります。私自身、作業場の脇に以前はキュウリ、今は朝顔を植えて育てています。時を忘れて、いつもと違う五感でお芝居を楽しんでいただけると思いますので、機会があったらぜひこちらにも足をお運びください」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 『北斎マンガ』12月20日=かめありリリオホール U‐25割、18歳以下の子ども無料招待有。
わらび座お正月特別公演2025『新春顔見世公演』『ジャングル大帝レオ』2025年1月1~3日=わらび劇場 公式HP
*平野さんが今回、特別に手作りして下さったランチョンマットをプレゼント致します。詳しくはこちらへ。