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『天保十二年のシェイクスピア』綾凰華インタビュー:野望渦巻く劇世界で”愛に生きる”女性、お冬

綾凰華 兵庫県宝塚市出身。2012年に宝塚歌劇団に入団し、2013年から星組、2017年から雪組男役スターとして活躍。2018年『ファントム』新人公演ではタイトルロールを演じた。2022年に退団。最近の出演舞台に『REON JACK 5』Classic Movie Reading Vol.3『若草物語』、『ある閉ざされた雪の山荘で』等がある。衣裳協力:ワンピース EAUVIRE(オーヴィル)、アクセサリー VENDOME AOYAMA ヴァンドーム青山 🄫Marino Matsushima 禁無断転載


江戸の侠客講談と英国のシェイクスピア劇を掛け合わせ、ふんだんな楽曲と共に、一本の芝居に仕上げる…。

“無謀”にも聞こえるそんなアイディアを、現代日本を代表する劇作家の一人、井上ひさしさんが実現し、1974年に初めて上演されたのが『天保十二年のシェイクスピア』。宝井琴凌の『天保水滸伝』にシェイクスピアの37戯曲を織り込み、下総の旅籠における壮絶な権力抗争を描いた群像劇です。

上演の度に大きな話題を呼んできた本作は、2020年には藤田俊太郎さんの演出、宮川彬良さんの音楽で上演。好評を得た舞台が、一部に新キャストを迎えてこの冬、4年ぶりに帰ってきます。

 

『天保十二年のシェイクスピア』


『リア王』『リチャード三世』『マクベス』『オセロー』…と、名だたるシェイクスピア劇の要素が次々に登場する中でも、巧みに“天保十二年の世界”に落とし込まれているのが『ハムレット』。父である紋太親分が非業の死を遂げたと知り戻ってきた“きじるしの王次”(大貫勇輔さん)が、亡霊から母と叔父の謀略を聞かされて…と、まさに『ハムレット』さながらの展開を見せます。

ここで王次の本心を知りたい母・お文が、彼のもとに行かせるのが、許嫁のお冬。『ハムレット』のオフィーリアに相当する彼女を演じるのは、宝塚歌劇団で男役スターとして活躍し、2022年に退団した綾凰華さんです。

江戸の物語でありつつ、シェイクスピア劇的でもある。二つの世界がクロスした本作について、稽古も佳境に入った現在、綾さんはどのような魅力を感じていらっしゃるでしょうか。表現者としての抱負などもあわせ、率直に語っていただきました。


“お冬だからこそ見えるもの”を大切に、お客様に届けたい

 

――本作について、まずどんな印象を持たれましたか?

「第一印象としては、“すごい作品だな…”と、ただただ圧倒されましたね。放たれるエネルギーもすさまじいし、お話の緻密さもただものじゃない。パステル・カラーではない、たくさんのヴィヴィッドな色に彩られていて、人間の感情がそれぞれにほとばしっています。色彩豊かな作品だなと感じました。

近年、改めて“日本”の魅力を感じることが多く、海外にも素晴らしい国はたくさんあるけれど、やっぱり日本に生まれたからには日本の良さを体感したいなと思って、私は同世代の中では珍しいくらい、神社仏閣にもよく訪れています。

現代に生きていると常に時間に追われるけれど、そんな中で自分のルーツを知ると、楽になれるという感覚があります。海外の人はよく信仰を話題にするそうで、日本人としてはそういう光景がぴんとこないこともあるけれど、私たちも日常的に“いただきます、ご馳走さま、有難うございます”という言葉が言える時点で、既に一人一人の中に“神様”がいるのだそうです。

そんなふうに私自身、“日本文化回帰”を楽しんでいることもあって、今回、天保年間の日本が舞台の作品に出会えたことを、とても嬉しく感じています」

 

――江戸時代の物語であると同時に、本作はシェイクスピアの37戯曲がぎゅっと詰め込まれた、途方もなく密度の濃い作品です。演じる皆さんはどの程度、“シェイクスピア劇”らしさを意識されているでしょうか?

「演出の藤田(俊太郎)さんからは、今一度この作品の根本に立ち返ってみた時、基盤になっているのはシェイクスピアではなくて、まずは江戸の時代劇があり、そこにシェイクスピア劇の要素が加わっているということを、お話してくださいました。

もちろん趣向として和洋が融合しているのが魅力の作品ではあるのですが、演じる私たちとしては、シェイクスピアに忠実すぎる必要はないのかな、と感じています。江戸の任侠の世界に、シェイクスピアのストーリーが重なったり、台詞が飛び出してくる…というのが、本作の面白いところだと思います。西洋だろうと日本だろうと、人の身に起こりうることや感情というものは同じなのだな、と感じていただけると思います」

 

――登場するシェイクスピア劇は、作品によっては一言、言及されるだけというものもありますが、その中で綾さんが登場するパートはかなり『ハムレット』の再現性が高いですね。

「そうなんです。あの有名な台詞も出てくるくらいなので、“オフィーリア”はもちろん意識しますが、心の動かし方としてはやはり天保十二年の世界である、ということを前提にしたいです。そのうえで、オフィーリアと通じるところは大事にしたいです」

 

『天保十二年のシェイクスピア』お冬(綾凰華)写真提供:東宝演劇部


――オフィーリアはどちらかと言うと受け身で気の毒なヒロインと言われますが、今回のお冬さんはどう造型されますか?

「ハムレットについていろいろ調べたときに、“オフィーリアには感情移入しづらい”という意見があることを知りました。確かにオフィーリアって、いろいろ唐突なところがあります(笑)。ただ、今回、お冬として王次と実際に向かい合う中で、彼女はとても“愛に生きている人”なのだな、ということを感じました。そこはシンプルに腑に落ちましたね」

 

――本作には様々な女性キャラクターが登場しますが、その中でなぜ綾さんは“お冬さん”だったのだと思われますか?

「なぜでしょうか、私が知りたいです(笑)。でも、お稽古をする中で、私は身長がひときわ大きいですし、これはいいことなのかどうか判じがたいけれど、十数年やってきた“宝塚の男役”というルーツを強く感じます。在団中に、たまに娘役を一場面やった時にも感じたのですが、男役をやってきたからこそ出せるものってあるんですよね。ちょっとした芯の強さであったり、線の太さであったり。その特殊性は私の武器にしたいなと思っています」

 

――大貫勇輔さん演じる王次とのシーンは、決して“一方的に言われる”ことにはならなさそうですね。

「“好きやねん、好きやねん!”とならないよう、注意しています(笑)。“いいんだよ~、全部受け止めるよ~”という、女性としての包み込むような優しさを忘れずにいたいですね。愛の量は対等でいいと思うけど、アプローチの仕方が対等になってはいけないな、と。

宝塚を卒業して1年くらい経って恋愛ものの朗読劇をやった時も、稽古で“綾さん、全然一人で生きていけそうなんだよね”と言われて、こちらとしてはめちゃくちゃ恋に悩んでいるように演じていたんだけどな~、ということがありました(笑)。無意識にそういうところがあるようなので、それを武器にする時もあれば、女性性も武器にしたいです」

 

――宮川彬良さんによるふんだんな音楽も、藤田さん版『天保十二年のシェイクスピア』の魅力の一つ。お冬さんもソロを歌われますね。

「切ない、美しい旋律のナンバーです。役が伝えたいことを自分が声で表現する、という思いで向き合うことで、自分にしか出せない歌が歌えるんじゃないかなと思っています。テクニック的なことだけでなく、心の中の部分、心に届く歌を大事にしたいと、どの曲に対しても思っています。

お冬が“棺が来た来た 裸の棺が…”と歌うナンバーは、(宮川)彬良さんと藤田さんいわく、“狂気をはらむ役が歌う、本作で最も正しい歌”だそうで、それにふさわしい歌い方を今、見つけようとしています。(王次の残酷な仕打ちによって、お冬は狂乱のていとなりますが)その揺れ動く意識の中で、お冬だからこそ見えているものをお伝えできるように歌いたいなと思っています」

 

――欲望にまみれた群像劇の中盤にこのエピソードが登場することには、何か意味がありそうですね。

「そうですね。しかも唐突に見えますよね。お客様も“え、何?”と思われるかもしれませんが、それはお冬の精神が一つ違うところ(世界)に行ってしまっているからなのだと、観終わって“だからあの時、こうだったのか”と感じていただけたらと思います」

 

――本作では、いくつかの役を兼ねる方もいらっしゃいますが、綾さんは…?

「やっています! 女郎や老婆としても出てきますので、早替えもありますし、他の皆さんと同じくらい忙しいです。コーラスもいろいろ歌っています」

 

――稽古の手応えはいかがですか?

「大枠が見えてきたところです。私自身はまだまだなのですが、カンパニーの皆さんが素晴らしい方ばかりで、いただくものがすごく多いです。様々なキャリアの方がいらっしゃるので、学びしかないです」

 

――藤田さんの演出には何か特色を感じますか?

「懐が広いというか、“まずやってみて一緒に考えましょう”とおっしゃって下さるので、こちらは“これはどうですか?”と、体当たりできます。いろいろやらせていただくと、取捨選択してくださったり、“これはこうしてみよう”と言ってくださったり。言わば、煮込み料理を皆さんでぐつぐつ作っているところです」

 

――新たな綾さんが生まれそうですか?

「他に類をみない作品ですので、ファンの方にとっても“あら!”と思っていただけるところがあると思います」

 

――今だからこそ、この作品を上演する意義をお感じですか?

「藤田さんは、“本作の登場人物たちは、農民に生まれたら農民、武士に生まれたら武士にしかなれず、どこにも行くことができない。生まれた時点で人生が決まっている…という時代に、でも違うどこかに行きたい人たち”なのだと話してくださって、2024年を生きる私達にも通じるものがあるな、と思います。変革の激しい日々の中で、命を与えられた私達はどう生きるべきなのか、考えさせられますね」

 

――どんな舞台になったらいいなと思われますか?

「本作に限らず、舞台って、いろいろな気づきを与えてくれますよね。演じる私にとっても、“私はこういう人間です”と自分をさらけ出した時に、共演者やスタッフの皆さんからいろいろ言っていただいたり、ディスカッションが出来る場って、そうそうないと感じています。

生身の人間が俳優として、観客として、同じ空間、時間を共有して心通わせるというのは、とても素晴らしいことですし、エンタメの醍醐味だと思っています。同じ空間をご一緒する中で、ポジティブな思いを受け止めていただけたら嬉しいです」

 

綾凰華さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載


――プロフィールについても少しうかがえればと思いますが、綾さんはなんと、宝塚市のお生まれなのですね。宝塚歌劇に入られたのは運命だったのでしょうか。

「最近になって、“そういうことだったのかな…”と思います(笑)。母や祖母が宝塚のファンだったので、物心ついたら既にバレエを習っていましたし、小さいころから舞台も観てはいました。でも自分が舞台に立つとは全く思っていなくて。バレエのレッスンも、“行きたくない”と泣いて訴えたこともありました。あの時、母が根負けしていたら今、私はここにいなかったですね(笑)。でもある時期、ふと“今なら受けられる”と思った瞬間があって、親に言って受験したんです」

 

――雅なお名前が素敵です。

「ありがとうございます。綾は本名からとっていまして、凰華は姓名判断をしていただいた上で決めました。画数が多いんですよね」


――星組、雪組で男役スターとして活躍。駆け抜けた感もありますね。

「そうですね。男役としてまだこれからという時期での卒業だったなというのは、自分でも感じています。続けるという選択肢もあったかもしれませんが、その時期、ひたすら自分と向き合って、これからどうするかを考えた結果、自分としては身を切るような気持ちで卒業を決めたところがあったなと思います。

明確にこういうことをやってみたいというものがあったわけではなく、藤田さんの言葉を借りるなら、“違うどこかに行ってみたい”ということだったのかもしれません。自分の中には感謝と愛が溢れた上で、“どうしたいのか”を考えました。なので、ネガティブな感情ではなく、ポジティブな、感謝に溢れた中での卒業でした」

 

――卒業からの2年、振り返っていかがですか?

「私は宝塚の時から“ご縁を大切にしよう”と心がけていただけに、卒業の時には、これまでお世話になった方皆様に見捨てられても仕方ない…というくらいの覚悟をしていました。でも今も本当に皆さんにあたたかく支えていただいていますし、新しいご縁にも出会えていて有難いです」

 

――どんな表現者でありたいと思っていらっしゃいますか?

「何かに懸命に取り組んでいる人は美しい、と私はいつも思っています。ゼロから人間が生み出す舞台は本当に素晴らしいものなので、これからも関わり続けていきたいですし、自分の幸せをお客様に与えられる存在でありたいです。与えることばかり重視して自分が疲弊してしまうと渡せるものも渡せなくなるので、まずは自分自身を満たす。その上で皆様に舞台を通してお渡しする…というのが、私の理想です」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』12月9~29日=日生劇場、2025年1月5~7日=梅田芸術劇場、1月11~13日=博多座、1月18~19日=オーバード・ホール 大ホール、1月25~26日=愛知県芸術劇場 大ホール    公式HP

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