“空を飛ぶ”ということが夢物語でしかなかった時代に、同じ夢を見、生涯をかけて飛行機を発明したライト兄弟。彼らの波乱に富んだ人生を、兄ウィルバー、弟オーヴィル、そして妹キャサリンの三人芝居として描く新作ミュージカルが、間もなく開幕します。
『マタ・ハリ』『フィスト・オブ・ノーススター』等の演出で知られる石丸さち子さんが長年あたためてきた本作には今回、9人の俳優たちがかわるがわる出演。様々な組み合わせが楽しみな公演の中で、ただ一人、兄と弟を回替わりで演じるのが鈴木勝吾さんです。
石丸さんの近作舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場―はじめ、これまでにも数々の石丸さん作品に出演している鈴木さんですが、今回はどんな覚悟をもって、二役分の膨大なタスクに挑戦しているでしょうか。取材にあたって石丸さんからいただいたコメントを織り交ぜながら、表現者としての鈴木さんの矜持をうかがいました。
【あらすじ】老境のオーヴィル・ライトは、孤独の中で亡き兄ウィルバー、妹キャサリンと過ごした日々を回想する。兄弟は妹の献身に支えられ、不屈の精神で世界初の動力有人飛行を成し遂げたが、時を同じくして、世界は音をたてて変わっていった。 兄弟の夢の飛行機械は、第一次世界大戦で偵察機、ひいては戦闘機として急速に発展を遂げて行き……。
“生かされている限りは…”という言葉を噛みしめながら。
――今回、出演をお決めになった一番の理由は、やはり(作・演出の)石丸さち子さんとの信頼関係でしょうか?
「そうですね。信頼とも言えるし友情とも言えると思います。石丸さんと一緒にモノを作ることが楽しいし、この人に怒られる俳優であることが幸せだとも思います。お話をいただいて出ないということは、これからもほぼないんじゃないかな」
――演出家の方がたくさんいらっしゃる中でも、特別な存在なのですね。
「大好きな方の一人ですね。石丸さんについて皆さん“情熱、愛”ということをおっしゃいますが、僕の中には、誰よりもあきらめずに、傷つく覚悟をもって演劇をやっている人というイメージがあります。
日本の演劇界で、演出家は“現場を作っていくこと”も仕事の一つだと思いますが、クリエイターとしてはある意味、独善的でなくてはいけない。でも一緒に作品を創るために、時には優しく、時には激しく叱咤する。そして誰より、自分の吐いた言葉の中で生きている…。石丸さんにはそんな覚悟を感じます。それが僕らにとっては、愛や救いになる。作品のため、演劇をやる人間のために自分の人生を賭している方だと思います」
――今回なぜ鈴木さんに二役をオファーしたのか、石丸さんにうかがったところ、“年齢や経験値を超えたところで(鈴木さんを)同志だと思っています”と答えて下さいました(注・記事の最後に全文を掲載)。演劇に対する価値観が同じ、ということなのかもしれませんね。
「僕から言うとおこがましく感じられるかもしれないけれど、出会ってからの約10年間、僕は石丸さんをすごく信頼しています。年齢は違えど同志のよう、と言って下さることは誉(ほまれ)ですし、長生きして(笑)、長く演劇を作り続けてほしいです」
――台本を最初に読まれた時の印象はいかがでしたか?
「いろんな手法がある中で、(ミニマムな三人芝居という)これを選んだということの覚悟を感じました。さち子さんの作品には寒色系の爽やかな色が流れているイメージがあって、どの時代のどんな人間を扱っていても、救いや光が織り交ぜられているなというのを、今回も感じます。
3人きょうだいの人生は壮絶で、稽古していても具現化するのは大変ですが、随所に“誠実な清らかさ”が感じられます。おそらく石丸さんの中にある、長いこと演劇をやってきても、こうありたい、“まだ青い”と言われてもいいんだ、という思いみたいなものが、今回もこの色に反映されていると感じました」
――冒頭、老いたオーヴ(オーヴィル)は達成感ではなく、虚無感に包まれています。ありきたりなサクセス・ストーリーとは、一線を画した物語ですね。
「空に抱いた夢が自分たちを掻き立て、(後に)その夢が自分たちを苦しめる。でも最終的にはやっぱり、人はその夢に救われるんじゃないかと、僕は感じています。偉業をなした人の人生も、他の人の人生と変わらないと思うべきだな、と。
外からは幸せに見えても、虚無を感じることはある。牧師の息子であったことは彼らを苦しめもしたし、救いにもなったでしょう。(発明が成功するまでは)狂人とさえ呼ばれることもあったけれど、大志に抱かれた人生は幸せだったとも言えます。しんどさを乗り越えてもまだしんどいことばかりだったかもしれないけれど、最後に彼らがどう思ったのか、稽古を通して掬い上げていきたいです」
――石丸さん情報によると、今回の二役のオファーに対して、鈴木さんは“わずかな逡巡の末に挑戦状を受け取った”そうですね。
「不安と混乱と…それは今もありますが、こんなオファーをしてくれる人に対して、何とか応えたいし、少なくともやらないという人間じゃなかったというだけです。頼られたり、夢を共有しようとなった時に、出来ないよというのは仲間じゃないなと僕は思っていて。人生すべてわからないものだから、まずはやってみようと、とにかく必死にくらいついてやっています」
――実際、やってみていかがですか?
「大変です!(笑) 一つの作品で二役をやることはこれまでもありましたが、今回は3人芝居で、時系列もあちこちに飛ぶし。タスクが多いのは演劇の面白さでもあるけれど、覚えることが多いし、相手の台詞を聞いているとその役として台詞を思い出している自分がいたりして(笑)、これまでの感覚と違う戸惑いはあります。
心がぎゅっとなることも多々あるけれど、稀有な仲間が集まっているので、やれることに挑んで頑張っているという感じです。何かあったとしても、石丸さんはそれをマイナスな方向にもって行かず、代案でよりよいものを作って行く方なので、そこも信頼してやっています」
――ちなみに鈴木さんはウィルとオーヴ、どちらがよりご自身に近いと感じますか?
「キャサリンかな…(笑)。いや、自分らしさって、わからないですよ。自分を自分が一番わかってないというか。
オーヴにとって兄は“憧れの背中”だけど、僕も後輩から憧れられる背中でいようと頑張れたこともあって、そういう意味では後輩たちに救われてきました。その一方で、オーブのように、憧れたくなる背中を見せてくれたり、抱擁してくれる兄貴や姉さんがいます。
20代前半の僕だったら圧倒的にオーヴだけど、ここまで生きてくると、どちらの経験もイーブンにしていて、感謝しているので、僕自身がウィルかオーヴかというのは難しいな。夢を生み出したい人でもあるし、誰かの背中を追いかけたい人でもあるし。甘えたいけど甘えたくない。引っ張りたいけど引っ張りたくない。僕はそんな人間です」
――鈴木さんにとって特に“刺さる”台詞や歌詞はありますか?
「いっぱいあります。例えば、兄弟の父親が彼らに向けて贈るフレーズがあって、“生かされている間は生きるしかない。生きている限りその美しさ、世界の美しさが保たれることを祈る”というのですが、この祈りというのは、やはり光だと思います。呪縛でもあるけれど救いでもある。人生ってそういうもので、苦しいこともいっぱいあるけれど、何かによって救われもする。苦しみも、幸福も呼ぶ。“生きている限り”…というのが、すごく印象的な言葉だなと感じます」
――音楽面では、男性二人の美しいデュエットが聴きどころのようですね。
「すばらしい曲がたくさんあります。僕はこれまで、ソリストとして歌うことが多かったので、人と声を合わせることの喜び、高揚感が大きくて。(キャストの)組み合わせによって声の出し方を変えたほうがいいかもしれないので、皆さんの助言を素直に喜びつつ、稽古に励んでいます」
――どんな舞台になったらいいなとお感じですか?
「人生を共に考えて、悩んで。そして最後に、人生を抱きしめられるような作品になったらいいかな、と思っています」
――プロフィールについてもうかがわせてください。鈴木さんは高校生の時、スカウトで芸能界入りされたそうですが、当時はどんな存在を目指していらっしゃったのですか?
「僕は志したきっかけとデビュー作がシンクロしていて、進路を考えるタイミングで、“他者に貢献できることってなんだろう”と思った時、“夢を与える、光を届ける”ということが浮かびました。みんなの人生に少しの間でも、光を与えられたら。
そんな思いで芸能界に入ったら、デビュー作が“ヒーロー”(『侍戦隊シンケンジャー』シンケングリーン役)だったんです。その根本があったことで、自分の目の前でリアリティを感じられる、直接届けられる演劇にはまっていくことになったのだと思います」
――高校までお芝居をされたことは…。
「なかったです。俳優になるといういこととヒーローになるということが(自分の中では)乖離していて。やってみたら、ヒーローってサンタ・クロースと同じで、子供にとってはリアルなんですよね。(実在するかどうか)わかってはいるけれど、リアルなんだな、と。なので、自分としては、お父さんやお母さんに“シンケングリーンになりたい”と言ってくれる子が一人でもいるならやる価値がある仕事だな、と思いました」
――そして間もなく、ミュージカルと出会われたのですね。
「初舞台がミュージカルでした。大黒摩季さんの楽曲を使った『源氏物語×大黒摩季songs ボクは、十二単に恋をする』(2010年)という作品です。ミュージカルの定義とはと追求する人もいるけれど、僕自身は、すべての作品で、リアリティラインというか表現方法というか、求められる芝居が毎回違うので、“何がミュージカルぽいのか”ということに対して答えは出さなくてもいいのかなと思っています」
――いろいろなフィールドから集まった方と共演されることも多いかと思います。メソッドもいろいろな中で“自分”であり続けるために、支えになっていることはありますか?
「人間って自分と違うものを拒否しがちだけれど、比べる必要はない。なるべく混沌に飲み込まれていかないために、僕が支えにしているのは、“人”ですね。
ファンの人も大事だし、こういう取材の瞬間もそうだし、共演者もスタッフの存在も支えになります。自尊心を持って、何かを肯定する人でありたいですよね。僕にとっての宝は人であって、人と生きていくことを忘れないようにしたいです…そんなふうに思っていても、僕ら、神様じゃないですから(笑)。それに気づかせてくれるのも“人”です」
――石丸さんは鈴木さんについて、“熱いマグマ”の持ち主であり、“変態を繰り返し、演出家の想像を軽やかに超える”俳優と評されています。ご自身の中でも心がけていらっしゃることでしょうか。
「軽やかかどうかはわからないです(笑)。重く考えてきたことが軽やかさに繋がるのかもしれない…。でも、そういうものが生まれるのも、さち子さんの現場だからこそ。真摯に向き合っていることに対して、こう言っていただけるのは嬉しいことです。これからも変化、変態を繰り返しながら、いろんな作品を届けられたらと思います」
――俳優としてどんな理想をお持ちですか?
「楽しくやり続けること、ですね。俳優を続けている限りは、苦しいと思うこともひっくるめて楽しくやりたいです。楽しくやって、一緒にいる仲間、ファンの人たちに対して、恥じない人になりたいです。それがきちんと出来たかが分かるのは、死ぬ時だと思いますが」
――来年は『SPY FAMILY』にも(フランキー・フランクリン役で)出演されますね。
「自分がやるとどうなるのか、全く想像できていませんが、再演が望まれるほどの作品ですし、子供もたくさん観に来てくれる作品という意味では本望です」
――子供の頃に鈴木さんのシンケングリーンのファンで、今も…という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「いらっしゃいます。親子で観に来てくれますが、だいぶ成人していらっしゃって、“大きくなったね~”という気持ちです」
――ヒーローを演じていたことで、ふだんの生き方に制限を感じたりといったことは?
「無いですね。ヒーローものをやって束縛を感じるようでは、現代社会で生きていけません(笑)。ヒーローをやってもお酒を飲んだり人と出会うことはできますし、きれいな人間でいようと思えるし…。良いことしかないです。彼らが望むことは、僕が望むことと違わないから。」
《石丸さち子さんスペシャル・コメント》
「今回、鈴木勝吾さんを二つの役でキャスティングした理由/鈴木さんの役者としての魅力について」
鈴木勝吾さんとは、「ひりひりとひとり」というオリジナル作品を、一緒に企画立ち上げして以来、年齢や経験値を超えた、演劇の同志だと思っています。長い間、ミュージカル化したいと思ってきたライト兄弟の上演を考えていたことと、鈴木さんとまた何か一緒にオリジナルを上演したいと思っていたことが、重なりました。そして、兄ウィルバーと弟オーヴィルのどちらを演じてもらおうと考えている時に、彼の中に、その両方の資質を感じて迷いました。そして、演劇の同志として、ハードルの高い挑戦状を渡すように、両方の役を演じてみないかと、彼に問いかけてみたのです。
わずかな逡巡の末に、鈴木さんは、挑戦状を受け取り、それを自らの大きな冒険として踏み出してくれました。
鈴木勝吾さんの中には、噴出を待っている熱いマグマがあります。そして、既製の演技術には依らない、自由な発想があります。役に出会う毎に、全身全霊で役と向き合う中で、変態を繰り返す俳優です。だから、舞台で役を生きる時には、演出家の想像を軽やかに越えてくれます。それが喜ばしくて、彼にわたしは冒険を求めるのだと思います。
「稽古の手応えについて」
3人芝居を9人で5チームに分けて上演するのですが、毎日全員で稽古をしています。
々な組合せで様々にトライアルする中で、思いがけないアイデアや位置関係が出てきて、刺激しあい、困ったら助け合い支えあい、鼓舞しあって進む。何より、みんな役作りに苦労しても、とても楽しそうで、理想的な稽古場が生まれています。
二時間強の上演時間の中に、39曲の楽曲、そして史実をもとにした台詞の情報量もかなり多くて、みんな大変な努力の末に稽古場に集まっています。特に鈴木さんは、二人分ですから、ほぼ台本一冊丸暗記するような世界です。
この狂おしい努力が、ライト兄弟という情熱と知性に溢れた努力の達人に近づく道だと、俳優みんなが実感して挑んでくれています。脚本を書き、演出をするわたしにとって、それは感動的なことです。
ライト兄弟の生涯を通してわたしが描きたかった真髄に、出演者が日々理解を深め、とても心強いです。彼らがいるから、わたしは見たかった風景を具現化できると実感する日々です。
ウィルバーとオーヴィルの、常に自らを“I”では語らず”WE“で語る兄弟の絆を、ハーモニーで表現したくて、男性二人のハーモニーの美しいデュエットが30曲近くあります。みんなとても苦労していますが、類を見ないミュージカルになるのではと日々磨きをかけています。
森大輔さんの楽曲は色鮮やかで、それぞれに魅力的で、かつ全篇を貫く森さんらしい音楽性で、作品をまとめてくれています。
デュエット曲だけではなく、ソロ曲も素晴らしく、稽古場では幾度も惜しみない拍手が溢れます。誰もがコンサートで歌いたくなるようなナンバーが幾つもあるので、是非楽しみにして頂きたいです。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『翼の創世記』11 月 29 日~12 月 25 日=ブルースクエア四谷 オフィシャル HP (注・会場はワンドリンク制(ソフトドリンクのペットボトル・常温・600円。現金もしくは電子決済)となっています)