Musical Theater Japan

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『ラ・ラ・ランド』ジャスティン・ハーウィッツ インタビュー:ミュージカル映画を作曲する歓び

ジャスティン・ハーウィッツ ハーバード大学で作曲とオーケストレーションを学び、2008年卒業。『セッション』『ラ・ラ・ランド』等、デミアン・チャゼル監督作品の音楽を担当し、アカデミー賞2部門、ゴールデングローブ賞3部門、批評家協会賞3部門、グラミー賞2部門、BAFTAを受賞。現在、チャゼル監督の新作『BABYLON』に携わっている。

夢を追う男女の恋を描いたミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』(2016年)を、生オーケストラとともに上映する『ハリウッド版 ラ・ラ・ランド ザ・ステージ』が、日本に上陸。2017年にハリウッド・ボウルで開催されたスペシャルイベントで、ダンサーや合唱団、88名編成のオーケストラ、ジャズバンドとともに作曲家のジャスティン・ハーウィッツが来日、自ら指揮棒を振る予定です。

14年公開の『セッション』と本作の成功によって、一躍ハリウッドを代表する若手作曲家と称されるようになったジャスティンですが、どんな経緯でミュージカル映画の音楽を書くようになり、同じミュージカルでも、映画と劇場ではどのような違いがあると感じているか。来日公演に向けての抱負も含め、お話しいただきました。
(一部、合同取材での質疑も含みます)

【あらすじ】現代のロサンゼルス。女優の卵のミアは或る晩、偶然入ったバーでピアノの音色に魅了される。音の主は本物のジャズを愛するミュージシャン、セバスチャン(セブ)だったが、契約通りの曲を弾かなかったことで解雇され、怒って店を出てゆく。後日、再会した二人は紆余曲折を経て惹かれあい、同棲がスタート。それぞれの夢に向かって、ミアは一人芝居に挑み、セブは本来の音楽性とは異なるバンド活動で名をあげようとするが…。

『ハリウッド版ラ・ラ・ランド ザ・ステージ』La La Land ™ & © 2022 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved
『ラ・ラ・ランド』はリアルな歌声や囁きを
活かしたミュージカル映画です

――ジャスティンさんは6歳でピアノを始め、ハーバード大学では作曲を学んだとうかがっています。ということは、音楽的なバックグラウンドはクラシック音楽なのでしょうか。『ラ・ラ・ランド』でフィーチャーされているジャズ音楽にはどのように出会われたのですか?

「バックグラウンドは完全にクラシック音楽です。幼いころからベートーベンやショパン、モーツァルトらの音楽を演奏していました。そんな僕に、二つの転機がありました。

一つは、16歳の時に叔父がオスカー・ピーターソンなどのジャズのCDを貸してくれたのです。自分で弾くまでには至りませんでしたが、よく聴いていました。

また、大学に入って(本作の監督である)デミアン・チャゼルに出会い、バンドを組んだのです。ポップスやロックを1年半ほど演奏しました。

2年生の時にバンドをやめ、二人で映画製作に集中しました。一作目が『Guy and Madeline on a Park Bench』という作品で、粗削りではありましたが、試行錯誤をしながらミュージカル映画の作り方を学べました。『ラ・ラ・ランド』の試作品のような作品です。

ジャズ音楽に向き合う中で、その構成要素を分析してみて、大学で学んだクラシック音楽との相似性に気づきました。例えばバッハとスタンダード・ジャズの和声(ハーモニー)を比べてみても、あまり変わらないんですよね。第一作目から少しずつ、ジャズとの関わりを進展させていきました」

――舞台ではなく映画でミュージカルを描こうと思われたのはなぜでしょうか?

「僕自身、あまり舞台を知らなかったんです。アメリカ人はたいていブロードウェイに行くことで(舞台の)ミュージカルに出会いますが、僕の家族はNYに行くことがなくて。僕が初めてNYに行ったのは既に大人になってからでした。いっぽうで、僕は映画でミュージカルにたくさん触れてきました。『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』『ライオンキング』…こうした映画を観て育ったことで、ミュージカル“映画”でキャリアをスタートさせようと思ったんです。
いつか機会があれば劇場のミュージカルも作曲してみたいです。具体的な話はまだありませんが」

――同じミュージカルでも、舞台用に作曲するのと映画用に作曲するのでは違いがあると思われますか?

「まだやったことがないのでわからないけれど、違いはあると想像します」

――例えば、『ラ・ラ・ランド』で登場人物たちが歌うナンバーの多くは、呟きやささやきで始まります。“自然に聞こえる”ための、ミュージカル映画のある種、法則でしょうか。

「まさにそこが映画と舞台の違いですよね。ブロードウェイ・ミュージカルにも美しいバラードはたくさんあるけれど、舞台だと最後列のお客様にも聴こえる必要があるので、静かな曲も大声で歌わなくてはいけません。でも僕は、リアルな声や囁きが好きなんです。デミアンと僕は、静かな歌声の味わいを大切にしようとつとめました。だから現場でのライブ録音にこだわったんです。

多くのミュージカル映画は、歌唱部分は先に録音しておいて、現場では“口パク”をしながら撮影しますが、『ラ・ラ・ランド』では(終盤の)ミアのオーディションのシーンや、“City Of Stars”などはその場で録音しています。エマ(・ストーン)とライアン(・ゴズリング)は実際にピアノの前に座って生で歌っています。そうすることでよりリアルなフィーリングが生まれたと思いますし、デミアンも僕もとても気に入っています」

ジャスティン・ハーウィッツ

 

――本作はハリウッドでの成功を夢見る男女の物語ですが、登場人物に自身を重ねたりもされましたか?

「目指そうとするものに対する献身的な、心を込めた姿勢にとても共感できます。芸術を目指していると、どうしても犠牲は生じます。何かを失っても致し方ない、というのが僕の考えです。(『ラ・ラ・ランド』の前作である)『セッション』も芸術のための犠牲についての物語で、僕には親近感のある作品です」

――作曲のインスピレーションはどんなところから得ましたか? また、映画の成功によって音楽家として変化はありましたか?

「主なインスピレーションは台本でした。台本と音楽はほぼ同時進行で、例えばデミアンが書いた2ページのストーリーを読みながら、彼とキャラクターやその場面について話し合い、表すべき心情を考えながら作曲しました。

彼とは、他の映画の話もしました。『シェルブールの雨傘』はよく話題に上がったし、『雨に歌えば』のようなMGM映画の話もしました。

映画が成功していろいろな賞を受賞したことは大きな誉ですが、個人的には、一般の方から“結婚式でこの作品の曲を使ったよ”“子供が発表会で弾いたよ”という話をうかがうことに興味があります。自分の書いた音楽が皆さんの人生の中に息づいていることがわかりますから。だからこそ、今回のような(皆のリアクションがその場でうかがえる)コンサートに喜びを感じます。

本作の成功によって僕自身変わったとはあまり思いたくありません。映画を作り始めた20代半ばの頃、僕らは無名でお金も無かったけれど、自分自身(の可能性)を証明したくて、本当に一生懸命頑張りました。一度の成功に胡坐をかくのではなく、最初の情熱を持ち続けて、これからも発展できる自分でありたいです」

――今回のイベントはもともと、どのように始まり、どのようなご苦労がありましたか?

「映画が公開されてから“こういうコンサートをやりませんか”というオファーをいただきました。実現にむけて、映画用に書いた音楽をコンサートに再編成しました。映画ではばらばらに録音してミキシングしたものを聴いていただいていますが、コンサートではとぎれとぎれだったものを繋げないといけません。聞きごたえある曲にするために、映画同様のロマンチックな風合い、ワクワク感を楽しんでいただけるよう、何か月もかけてアレンジしました。また、コンサートに来て下さった方に喜んでいただけるよう、新曲も2曲加わります。映画を作っていたとき、当初序曲も書いていたのですが、最終的には使われませんでした。コンサート用にそれを書き直し、さらに2幕の前の間奏曲も新たに加えています。

コンサートは“生”ですから、毎回音色が異なるのが魅力ですが、本作に関してはとりわけジャズという、即興性のある音楽がフィーチャーされていることで、さらに面白いものになると思います。今回は(映画の録音にも参加した)ランディという素晴らしいピアニストが参加してくれるので、譜面に書かれてないこともやってくれるでしょう。ジャズの真髄を聴かせてくれると思います。トランペット、ドラム、ベースも素晴らしいミュージシャンが演奏してくれる予定なので、エキサイティングなコンサートになると思います」

――ハリウッドで成功するには、どんなことが大切だと思いますか?

「我が身を捧げて努力するということに加えて、自分が作ったものに対するフィードバック、意見を遮断しない、ということも大事だと思っています。それがお客様であれ、共作者であれ、スタジオの偉い方であれ、意見をいただいたら、何でも聞くということ。僕も近しい人に、試作品を聴いてもらうと“どうしたらもっと良くできるだろう。気に入った部分ではなく、気に入らなかった部分を指摘してほしい”と言うようにしています。一度成功すると“他の人には僕の芸術はわからない”と傲慢になってしまいがちですが、どんな人の意見にも耳を傾ける価値がある、と僕は思っています」

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『『LA LA LAND Live in Concert:A Celebration of Hollywood ハリウッド版 ラ・ラ・ランド ザ・ステージ 初来日公演』8月18~21日=東京国際フォーラム ホールA 公式HP