Musical Theater Japan

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『ジャック・ザ・リッパ―』演出・白井晃インタビュー:“月の裏側の心理”を紐解く

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白井晃 1957年京都府生まれ。大学時代に演劇に出会い、卒業後、遊◎機械/全自動シアターを結成し演出・出演をつとめる。02年に劇団を解散。16年から21年3月までKAAT神奈川芸術劇場の芸術監督をつとめる。ミュージカルの演出作に『怪人と探偵』『アダムス・ファミリー』『ビッグ・フィッシュ』『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』等がある。俳優として舞台・TVドラマ・映画でも活躍。撮影:二石友希

19世紀末に英国ロンドンで起こった連続殺人事件に想を得、チェコで生まれたミュージカルが韓国でアレンジ。現地で大ヒットとなり、2013年には来日公演も行われた『ジャック・ザ・リッパ―』の日本版が、この秋、遂に誕生します。

記念すべきこの舞台の演出をつとめるのが、ストレート・プレイから『怪人と探偵』『アダムス・ファミリー』『ビッグ・フィッシュ』等のミュージカル、オペラまで幅広く手掛け、俳優としても活躍している白井晃さん。ミステリアスであり、濃密なラブ・ストーリーでもある本作をどのようにとらえ、豪華キャストとともにどのように立ち上げていらっしゃるでしょうか。稽古も佳境に入ってきた某日、お話をうかがいました。

【あらすじ】1888年ロンドン。刑事アンダーソンは娼婦ばかりを残忍に殺す殺人鬼を追っていたが、解決の糸口が掴めず、焦燥の中でコカインに溺れていた。それを知った新聞記者モンローは彼を脅し、連続殺人犯に関する情報提供を約束させる。
4件目の殺人が起こった時、アメリカから7年ぶりに来英したという外科医ダニエルがアンダーソンの前に現れ、ジャックというその犯人に自分は会ったことがある、と語り始める。彼の話を聞いたアンダーソンはおとり捜査を計画するが…。

恋愛に“肌ざわり”があった時代ならではの
濃密な人間ドラマだと感じています

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『ジャック・ザ・リッパ―』

――以前、白井さんにインタビューした際、照明を絞った舞台がお好きとうかがった記憶があります。ですので、今回のロンドンのダークな世界を描いた『ジャック・ザ・リッパ―』は白井さんにぴったりなのでは、と思っておりましたが、ご自身としてはいかがでしょうか。

「僕は舞台とは暗闇の芸術だと思っています。そもそも劇場という場自体が暗闇ですし、そういう空間だからこそ、人の本質だったり、内面の闇が浮き出てくると思っています。

この作品には(夜のシーンが多いため)太陽がほとんど現れず、月ばかり出てきます。僕らにはふだん、月のこちら側しか見えていませんが、それは僕らの、人間に対する理解にも通じるかもしれません。作品を紐解いていると、決して見えることのない“月の裏側”に回り込み、人間の“裏の心理”を探っているように感じられ、面白い作業だと感じています。

『ジャック・ザ・リッパ―』という、猟奇殺人事件という事実を基にしながら、どこかファンタジーでもあるこの作品を通して、お客様にもそんな、人間の“月の裏側の心理”を垣間見ていただければ…。自分としてはそんな側面から取り組んでみたい、と思っています」

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『ジャック・ザ・リッパ―』ダニエル(木村達成)

――本作のことは以前からご存じだったのですか?

「初めて観たのは2013年の来日公演です。僕は2014年からKAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザーをつとめましたが(注・2016~21年3月までは芸術監督)、当時その準備で劇場にうかがった際に、ちょうど上演されていたのです。時間の都合で一部分しか観られず、まさか後に自分が演出することになろうとは思いませんでしたが(笑)、今回台本をいただいて、こういうことだったのかと(全貌が)わかりました。

戯曲として読むと、本作ではジャックというキャラクターの解釈が非常に大胆なのですが、その強引とも言える大胆さを組み伏せているのが、ミュージカルならでは。このフィクションにどうしたらリアリティを持たせることができるだろう、というのが自分の課題に思えました」

――おそらく、演じる方々によって“誰の話なのか”が違って見えてくるような作品ですね。

「役者によって違うでしょうね。例えば、全てはアンダーソンがコカインをやっている時に見ている妄想、という見方もあるかもしれません。僕自身は、枠組みとしてはアンダーソンの話なんだけれど、彼がめくっている物語の主人公はダニエル…というとらえ方で行きたいなと思っています」

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『ジャック・ザ・リッパ―』ダニエル(小野賢章)

――台本に「1888年ロンドン、そこには浪漫があった」という序詞があり、陰惨な殺人事件の物語世界に「浪漫」という言葉が登場することに驚きました。どういった意味合いだと思われますか?

「この言葉は誰の視点で語られているのでしょうか。僕はアンダーソンの視点であるような気がしています。彼はロンドンという街をずっと嫌いながらも、そこから出ることが出来ません。(物語の舞台となっているロンドンの)ホワイトチャペル地区は今でこそきれいに整備されているけれど、19世紀当時はもっと猥雑で人間関係も濃厚であり、恋愛にも“肌ざわり”があったと思います。ののしり合いも、傷つけあうこともあり、21世紀の今の10倍も20倍も濃い恋愛が成立していたかもしれません。

例えば一つの思いを伝えるにも、今のようにピッとメールを送って終わりではなく、相当の苦労があったでしょう。僕ですら、(まだ携帯電話が普及していなかった)学生時代には、彼女の実家に電話をして親御さんに怒られたらどうしようと恐怖したものです(笑)。19世紀には、今よりずっと人間の感情が濃厚に渦巻いていたでしょう。そうした時代を経て、老齢となったアンダーソンが昔を振り返り、嫌いだと思っていた都市の中にロマンを感じている…といったことで、あの序詞が生まれたのかもしれません」

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『ジャック・ザ・リッパ―』アンダーソン(加藤和樹)

――もう一つ気になるのが、ジャックがダニエルに出会った時のリアクションです。彼は臓器移植研究に情熱を傾ける医師ダニエルに“お前は俺に似ている”と謎めいた言葉をかけますね。

「僕も俳優たちに“どういう意味だと思う?”と問いかけました。台本には書かれていないので、答えは作家に聞かないと分かりませんが、ジャックはダニエルの一途さに惹かれたのかもしれません。ダニエルは臓器移植研究のためにアメリカから英国にやってきていて、これが成功すれば人間の未来を変えられるかもしれない、と信じています。その思いの強度に、ジャックは“お前、面白いな”と感じた。

というのも、ジャックはただ女性たちを殺すだけでなく、(切り裂いて)内臓に手を入れるほど相手を自分のものにしたいという執着を持っていました。彼にとってはそれも一途さであって、ダニエルを見て敏感に“何か通じるもの”を感じ取ったのかもしれません」

――快楽のための連続殺人というより、女性たちへの執着があの残忍さに繋がっていった、と。

「ただの殺人鬼という描写では面白くないと思います。彼の連続殺人の動機も台本には無いのですが、例えば、娼婦たちが体は売っても心は渡さないということに対して、ジャックの中に一方的な憤りがあったのかもしれません。彼としては女性たちと心のふれあいや愛が欲しかった、でも女性たちから“これでいいでしょ”と小馬鹿にされたことで、猟奇的殺人にまで走ってしまったのかもしれません」

――そうした深い“読み”が各役に対してあると、音楽というものが枷になって来ることはないでしょうか。ミュージカルという表現をどうとらえていらっしゃいますか?

「僕はもともとアンチリアリズムの人間ですが、ミュージカルはリアリズムだ、と思っています。

ミュージカルの起源はオペラですが、その音型には登場人物の感情が全て表現されており、オペラを演出する時にはそれを読み解くということが必要な作業になってきます。音色とつけられた感情が異なっていると読み解きが難しいのですが、ブロードウェイやロンドン・ミュージカルの場合、そういう乖離はありません。例えば32小節の中で、“あなたは僕を好きにならなければいけない”という心情が明確に表現されています。それはある意味、枷であり制約ですが、それをバネにして何とかその感情を表現しなくてはいけません。俳優にとってはかなりの跳躍が求められることもあります」

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『ジャック・ザ・リッパ―』アンダーソン(松下優也)

――稽古もかなり深まって来られたことと思いますが、現時点でのダニエル役、アンダーソン役の方々について、一言ずつコメントをいただけますでしょうか?

「ダニエル役の木村(達成)さんとは以前一度ご一緒したことがありますが、まっすぐ、真摯に役にぶつかっていくタイプの方です。その真摯さで、彼ならではのダニエルが誕生すると思っています。ダブルキャストの小野賢章さんとは今回初めて。声優として活躍されていますが、もともと演劇をやっていたということもあって、(芝居の)勘がいい方です。ナイーブで繊細なダニエルが作れそうなので、木村さんの一途な人物像との対比が生まれるといいなと思っています。

アンダーソン役の加藤和樹さんは今回、ジャックも演じますが、彼とは何度もご一緒していますので、全く異なる二役の幅を見せてくれると信じています。ダブルキャストの松下優也さんとは初めてで、魅力的な方だと感じていますが、僕からももっと魅力を引き出せるし、彼自身この役をさらに膨らませてくれるのではないかと期待しています」

――どんな舞台に出来たらと思っていらっしゃいますか?
「猟奇的な事件を扱っている作品ではありますが、そこで描かれているのは人間の愛の深さだと思います。御覧になっている方に、彼らが表現する愛が、それこそ切り裂きジャックのように深く届くような作品になればいいなと思っています」

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ジャック・ザ・リッパ―』9月9日~29日=日生劇場  10月に大阪公演有り 公式HP