Musical Theater Japan

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宮原浩暢インタビュー:『ジーザス・クライスト=スーパースター』驚異の低音の意味

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宮原浩暢 静岡県出身。東京藝術大学声楽科同大学院修士課程終了。2008年、ヴォーカルグループ『LE VELVETS』デビュー。ミュージカルにも『グランドホテル』『ピアフ』『笑う男 The Eternal Love-永遠の愛-』『Little Woman〜若草物語〜』『Merrily We Roll Along』など多数出演している。LE VELVETSとして7月28日、29日にビルボードライブ東京でのコンサートを予定。

キリスト最後の7日間をティム・ライス(作詞)&アンドリュー・ロイド=ウェバー(作曲)が描いたロック・オペラ『ジーザス・クライスト=スーパースター』。綺羅星のようなインターナショナル・キャストが実現したそのコンサート版で、ユダに裏切りを迫るユダヤ教祭司カヤパを演じるのが宮原浩暢さんです。

音楽大学でクラシック音楽を学ばれた宮原さんにとって、若きロイド=ウェバーの音楽的ボキャブラリーが詰め込まれた本作はどのように聴こえるでしょうか。カヤパのナンバーの特徴、稽古を前に抱く思いなども語っていただきました。

単純な“悪役”ではないというところを
自分なりに表現したいと思っています

――本作を書いたアンドリュー・ロイド=ウェバーは、宮原さんにとってどんな作曲家でしょうか?

「誰しもが知っている作曲家だと思いますし、『キャッツ』『オペラ座の怪人』などは音楽だけでも一人歩きしている作曲家ですよね。最近出演した『Merrily We Roll Along』のソンドハイムと比べると、ロイド=ウェバーは一回聴いただけで心に残り、楽曲だけでも一人歩きします。それに対し、ソンドハイムは作品に沿って作られていて、一回聴いただけではピンと来ない方もいらっしゃるかもしれないけれど、何回も聴いているうちに“こういう曲なんだ”と染み入ってくる…というように、タイプが異なります」

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『ジーザス・クライスト=スーパースターin コンサート』メインキャストの皆さん。撮影:渡部孝弘

――ロイド=ウェバーの音楽はキャッチ―ということでしょうか?

「そうですね。“キャッチ―”が人の心をとらえるという意味であれば、そうだと思います」
――今回出演される『ジーザス・クライスト=スーパースター(JCS)』に、宮原さんが初めて触れたのはいつ頃でしょうか?

「タイトルは知っていましたし、19年のコンサートを観に行った仲間からも“すごかった”という話は聞いていましたが、実際に作品に触れたのは今回、オファーをいただいてから。映画版のDVDを借りて観ました。僕はミュージカルというジャンル自体、音大を出て今のお仕事をするようになってから知ったので、本当に最近です」

――ご覧になったのはイスラエルの荒野で撮影されたノーマン・ジュイソン監督の映画版(1973年公開)ですね。どんな印象を抱かれましたか?

「キリストに関する映画はいろいろあると思いますが、その中でもわかりやすいと思いました。キリスト最後の1週間を、ユダの裏切りや最後の晩餐などを絡めながら描くなかで、僕が演じるカヤパも明らかな悪人キャラ(笑)。彼が登場する時の曲調もいかにも“悪人登場!”という感じで、わかりやすいな、と思いながら聴きました」

――一つのロック・オペラとしてはいかがでしょうか?

「僕ら(クラシック出身の人間)からするともちろんジャンルは違うけれど、レシタティーボ的に、台詞が全部音に乗っているという点で“オペラ”なのでしょうね。
ロイド=ウェバーの作品の中でもこれが一番、という方もいらっしゃると聞きます。それだけ個性的なスコアで、聴いていて飽きないです。ロックで統一されているのかと思えば讃美歌の様なコーラスが入ってきたり、マリアの優しいバラードソロがあったりと、トータル的にも素晴らしい作品だと思います。これを20代前半で書いた彼は本当に天才ですね。

ただ、スコアにはオペラではありえない高音と低音が書かれていて、これはマイクでしかできない表現だなと思います。オペラって、マイク無しで(大空間で)体を響かせて歌うものなので、音域には限界がありますが、本作にはそれをゆうに超えた音が書かれています。囁くような声をマイクで拾うことを前提にしていなければ成立しない作品だと思いますね」

――カヤパの第一声“Ah, Gentlemen”はまさにその一例で、地底から響いてくるような低音ですね。

「低いですね(笑)。楽譜でこんなに低い音が書かれているのを初めて見ました。ヘ音記号でこの音を書く⁈という…。『リゴレット』というヴェルディのオペラに、スパラフチーレという役があって、彼が歌う一番下の音が“ミ”なんですね。これはバス歌手にとってかなり難易度が高いと言われているのですが、このカヤパの第一声はそれを超えて下の“ド#”ですからね。出る人、ほとんどいないんじゃないかな。

というのは、人間は高音は訓練すれば裏声やミックスボイスで出せる人もいるけれど、低音はもともと(身体に)楽器を持っていないと出せないものなんです。今回、僕もオファーをいただく際に低音域だと聞いて目安をお話したら、“もっと低いんですが”と言われて、“そんな曲あるんですか⁈”とびっくりしました(笑)」

――では現在はその低音を開拓中、でしょうか。

「本作の中で唯一、低音で書かれている役なので、そこはこだわっていきたいですね。低音を落としていく作業をやっています」

――この低い音にはどんな意味があると思われますか?

「対極にいる二者が高音域と低音域で表現されるなかで、善的な存在のジーザスやユダが高い声を出すのに対して、悪役的なカヤパは低音で歌うのではないかと思っています。ユダはジーザスを裏切ってしまうけれど、彼にそうさせるのもカヤパたちですしね。キリスト教とユダヤ教の対比という意味合いもあるかもしれません」

――では今のところ、人物造形としてはそのイメージに沿って作ろうと思っていらっしゃいますか?

「映画版でも悪者然としている役ですが、ただの悪者にはしたくないなと思っています。ここは演出家とも相談しながらですが、ユダヤ教を信じるあまり、(キリスト教という)違うものを受け入れないという姿勢がカヤパにはあります。そんな彼らからすれば、彼らこそが正義。そこに邪魔者が来た、問題だということで動いていくわけです。単純な悪役ではないところを、自分なりに考え、表現として出せればと思っています」

――過去の様々な公演では、ジーザスに熱狂する民衆に恐怖や焦燥感を抱くカヤパもいれば、歌舞伎で言う色悪のような色気があって、悪い立ち位置をむしろ楽しんでいるようなカヤパもいましたので、演じようはいろいろありそうですね。

「そうでしょうね。群衆に対して抱く危機感というのは、全体で稽古していくうちに感じていくのではないかなと思います」

――オペラの世界ではフランス語やドイツ語、イタリア語での歌唱に慣れていらっしゃる宮原さんですが、今回は英語での歌唱ですね。

「(英語は)音には乗せやすいと思います。イタリア語は母音でつないでいくような感じだけど、英語はどちらかというとゲルマン系の言語ですので、子音を立てていくような感じで歌うことになり、会話調の本作には合うと思います。
ただ、今回はネイティブの方たちとご一緒ですので、より(発音を)磨かないと、と思っています。ユダ役のラミンさんとも向き合うし、(ユダヤ教側の)アンナスという役はものすごい高い声を出します。ロックの高揚感と彼らの高音が飛び交う中で低音をキープできるかどうか、が課題になってくるのかなと思っています」

――人間はエキサイトすると低い声は出しにくいものなのでしょうか?

「地の声が低ければ出せると思いますが、力むと出せないですね。(喉を)緩ませた状態をキープできていないと鳴ってくれない音域なので、そこは冷静にと思っています」

――ということは、ユダに対してお金をちらつかせ、裏切りを迫るくだりも、余裕をもって迫らないといけないわけですね。

「そうですね。ただ、ちょっと音域が上がる箇所では、他の人に沿うようにロックっぽくできたらと思います。バス歌手が歌うとどうしても一個ずつ音を拾っていきますよというかんじになってしまいがちなので、この作品らしさは大切にしたいです。そこが本作の楽しみでもありますので」

――インターナショナルなキャストとの共演も楽しみですね。

「なんと言っても、近くで聞けるのが嬉しいですね。憧れの方々がどんな感じで歌うのか、すぐ横から観察することで、実際はこういう音色で歌っているんだ、体のここをこう使っているんだ、というのが新たに発見できるのでは、と楽しみにしています」

――(LE VELVETSのお仲間の)佐藤隆紀さんが、『CHESS』でラミンさんと共演した際、彼が発声練習をしないことに驚いていらっしゃいました。

「僕も彼から、ラミンさんは“喋る”ように歌っていた、と聞きました。クラシック界出身の僕らみたいに、音を鳴らし、響かせ、ポジションを挙げて…というのを一切やらないで持っていける、と。彼の歌い方を間近に見ることで、僕自身の表現の幅も広がるのではと期待しています」

――個人的にテーマにされていることはありますか?

「やはり、単純な悪役ではないというところをいかに掘り下げられるか、ですね。稽古期間が短い中で、演出家と話して掘り下げたいので、歌詞を見たり曲を聴いたりして準備しています。役柄もそうですし、低音のこともあるし、海外の超一流の方々と英語でパフォーマンスするということもあり、課題はたくさんありますが、“ああやっぱり日本人だね”と思われないよう、そこは覚悟して取り組みたいです」

――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?

「19年版はお客様が歓声をあげてとても熱いコンサートになったと聞いていますが、今回は声は出さず拍手をお願いすることになるのかもしれません。でも、このコロナ禍でコンサートというものになかなか行くことができなかった…というものが、お客様の中には相当溜まっているように思います。今回のようなライブを心から欲してるお客様がたくさんいらっしゃると思うので、是非このコンサートで感動していただきたいと思います。人間は笑ったり泣いたり、心が動くとリラックスでき、ストレスが減るといいますよね。また明日へと進むエネルギーになると思うので、感動と興奮と癒しを、客席に届けたいです。今回、この公演に加わることができたので、その一員としてしっかり役割を果たしたいと思っています」

(取材・文=松島まり乃)

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*公演情報『ジーザス・クライスト=スーパースター inコンサート』7月12日~13日プレビュー、7月15~27日=東急シアターオーブ、7月31日~8月1日=フェスティバルホール 公式HP