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『INSPIRE 陰陽師』観劇レポート:生身の人間と最新テクノロジーが“闇を祓う”スペクタクル

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

ハープらしき音色を主体とした神秘的なサウンドに包まれた場内。大みそかの“みそか”や一月一日の“一日”が“月”に関係しているという説明の後、“本公演をご覧いただき、気持ちを新たに、皆様の健やかなる新たな一年の始まりをお祈りしましょう”とのアナウンスが。続いて一人の男(のちに清明に仕える“式神”であるらしいことがわかります)が儀式的なムーヴメントを行い、紗幕の向こうに平安時代の京の都が現れます。

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

婚礼を間近に控えた藤原兼家は、数か月日食が続き疫病が流行る世を憂いていた。琵琶を抱いた歌人・蝉丸が見守る中、兼家の盟友である陰陽師、安倍晴明は御霊会(怨霊鎮魂の儀式)を行うが、そこである事件が起こる。

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

1000年後の令和の世。世界は再び長期日食に襲われ、安倍という一人の学者が“このままでは1年以内に地球は永遠の夜に包まれる”と学説を説いている。彼の話を聞いたロックミュージシャン“27代目蝉丸”は、探し求めていた安倍晴明の生まれ変わりをついに見つけた、と駆け出す。いっぽう、心療内科医の藤堂は闇の力を説くスピリチュアリスト・芦野から“あなたをパートナーとして迎え入れたい”と誘われるが…。 

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

                                                                                                                                         

コロナウイルス禍という未曽有の事態に襲われた2020年、陰陽五行説で人々に道を示した安倍晴明をモチーフに、エンタテインメントの力で希望の光を灯そうと、演劇にダンス、音楽、映像、イリュージョンと多彩な要素を組み合わせたスペクタクルが登場。清明が呪文を唱えるシーンでは式神役の男性ダンサーたちが迫力あるダンス(辻本知彦さんによるコンテンポラリー風の振付)を見せるかたわら、頭上では陰と陽が対峙する映像、客席には後列までファイバービームが放たれる…といった具合に、出演者の生身の表現と最先端技術が互いを圧倒することなく、相乗効果を挙げています。

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

また壮大かつ深刻な題材ながら、蝉丸や式神の北斗・南斗といったキャラクターが時折ちょっとした“笑い”を挿入。張り詰めた空気が程よくやわらぎ、見やすさへの配慮も感じられます。(脚本=ブラジリィー・アン・山田さん/岡本貴也さん/寺西南都さん、演出=山田淳也さん)

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

大沢たかおさんは芯の太いたたずまいとあたたかな声が安倍晴明役にふさわしく、この日の兼家役・古川雄大さんは腰の入った立ち回り、(藤堂役での)コートの裾をはためかせながらの苦悩のダンスが美しく、魅力的。蝉丸役の山本耕史さんは現代のロックミュージシャン役で本作唯一のナンバーを歌いますが、プログレッシブ・ロック風のスケールの大きな歌唱はインパクト大。スピリチュアリスト、芦野役の田口トモロヲさんはつかみどころのない怪しさがリアルですが、最後のつぶやきが詩的で印象的。また松岡広大さん・鈴木仁さんをはじめとする式神役の男性陣のキレの良い動きは本作の空気感に大きく貢献しています。

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『INSPIRE陰陽師』撮影:岡千里

1000年の時を経て令和の世に安倍晴明が蘇る本作。劇中の出来事はフィクションではありますが、この摩訶不思議な高揚感に包まれた後は、今のコロナ禍も晴明が祓ってくれないものか、と願ってしまいます。いや、既に彼は人知れず呪文を唱えているのかも…? そんな希望の光がほの見える舞台です。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『INSPIRE 陰陽師』12月31日、2021年1月2,3,4,5,6日=日生劇場 公式HP