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『フランケンシュタイン』加藤和樹インタビュー:友情という名の永遠

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加藤和樹 愛知県出身。ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、翌年CDデビュー。『タイタニック』『1789~バスティーユの恋人たち』『BACKBEAT』『怪人と探偵』『ファントム』等多くの舞台で活躍しつつ、音楽活動も精力的に行っている。(C)Marino Matsushima
二人の青年たちの友情と高い志ゆえの悲劇を描き、17年の日本初演が大きな話題を呼んだ『フランケンシュタイン』。2020年の幕開けを飾るその再演で、生命創造に情熱を燃やす科学者ビクター・フランケンシュタインに共鳴し、彼のために命を捨てる親友アンリと、ビクターによる蘇生の結果生まれた“怪物”を、初演に続いて演じるのが加藤和樹さん(小西遼生さんとのwキャスト)です。 
近年、大作・話題作への出演が続く彼ですが、充実のキャリアの中でも本作はどんな位置づけにあるのでしょうか。初演で深く掘り下げた役柄と再演に向けての思い、そして近作の話題を通した加藤さんの表現に対する姿勢を、じっくりうかがいました。
 
【あらすじ】19世紀、ナポレオン戦争渦中のワーテルローで科学者ビクター・フランケンシュタインはアンリ・デュプレと出会い、友情を育む。人類のため“生命創造”に挑むビクターが殺人事件に巻き込まれると、アンリは彼を庇って自首し、「研究を続けてくれ」と言い残して処刑される。ビクターは友人を生き返らせようとするが、そこで誕生したのはアンリの記憶を失った”怪物“だった…。 
怪物の心のどこかに“それ”はあった、と僕は信じたい 

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『フランケンシュタイン』
――『フランケンシュタイン』初演は、ご自身の中でどんな経験として残っていますか?
「最も印象深い役の一つとして残っていることは間違いないです。韓国で初めて観た時に、とても感動すると同時に、これを自分がやるのはとても大変だろうなと思いましたが、終演後にお会いした怪物役のパク・ウンテさんも“大変な役だよ”とおっしゃっていて、その時から覚悟はしていました(笑)。
実際やってみて、肉体的にというより精神的な疲労のある役で、それだけ魂を削られる役だったなという印象があります」
 
――その大変さは、抑圧というか、ネガティブなものを一身に受ける役柄という事で、でしょうか?
「役柄がとても重たいんですね。アンリは殺人事件に巻き込まれたビクターの身代わりとして、自ら死を選ぶ。そこから怪物として生まれて、肉体的にも精神的にも人間たちに痛めつけられ、絶望感のなかで友に復讐をするに至ります。完全に役に入り込まないと表現できない役柄ゆえの大変さでした」
 
――時系列で辿りますが、まず序盤に登場するアンリを、加藤さんはどんな人物として造型されましたか?
「心優しい青年ではあるけれど、彼自身もすごく傷を抱えていて、人との関わりがあまりうまくない人物なんですね。人間の命に対する考え方が人とは違っていて、そんな中でビクターに出会い、初めて対等に話せる、シンパシーを感じられると感じて、それが絶対的信頼に繋がっていくし、尊敬、愛に変わっていきます」
 

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『フランケンシュタイン』2017年公演より。写真提供:東宝演劇部
――それにしてもビクターが殺人事件に巻き込まれてからのアンリの決断はあまりにも大きいですよね。しかもほぼ即決できてしまった、というのが…。
「たぶん、彼の環境というか、両親がいなかったりと境遇が恵まれたものではなく、自分自身の力で生きてきたんですね。生命に対して興味を持ちながらも、自分の命はいつなくなってもいいと思いながら生きてきた人物が、ビクターとの出会いで生きがいを見つけた。そんな彼とともに目指したものがなくなるくらいだったら、自分の死を選ぶということだったんじゃないかと思います」
 
――ではアンリとしてはこの世に心残りはなく、爽やかに…?
「本当は心残りが無いわけではないけれど、"君の夢の中で“というナンバーの中で、ビクターの中で自分が生きられるならそれでいいということを歌うんですね。そこまで行きつく心情ってどれほど深い愛や信頼なんだろう…と、そこは僕自身、ちょっと驚愕します」
 
――加藤さん的には、君のためならと言っていても完全に爽やかにというわけではないのですね。
「ビクターと一緒に生きて夢を見たいという気持ちはあるので、自分はいつ死んでも構わないと言ってはいても、いざ断頭台に乗せられ、死というものが本当に目の前に来た時に、僕自身、震えを感じて、やっぱり死にたくない、と純粋に思いました。心では死を受け入れているのに体が拒否するという、不思議な感覚ではありました」
 
――いっぽうアンリを諦めきれないビクターは、半ば狂気にかられて生命創造実験を彼の亡骸を使って行います。そして生まれるのが“怪物”ですが、彼の中には前世というか、アンリの記憶というのはあるのでしょうか?
「はじめはからっぽだったと思います。生まれた瞬間は人でもなく怪物にもなりきれず、一つの生命というものだったと思うけど、そこから次第に人間たちと関わるなかで、記憶を少しずつ取り戻し、自分の生きる目的を見つけるんですね。ビクターを追いながらアンリとしての記憶が端々に蘇り、その過程で葛藤します」
 

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『フランケンシュタイン』2017年公演より。写真提供:東宝演劇部
――怪物としてはその内面にポジティブなものは全くなく、最後までネガティブな動機だけに突き動かされてゆくのでしょうか?
「怪物にとっての復讐は、ポジティブなものだと思うんですよ。ただ演じる側にとってそれは心が痛いというか、今まで尊敬してきたビクターを傷つけてしまうことへの心苦しさはありました。ビクターとしてはその残虐さゆえに自分で始末をつけなくてはという結論に至るわけですけれど。でもビクターとしても、怪物に対してまだどこかにアンリの記憶が残っているんじゃないかという期待、希望もあって…、切ないですよね」
 
――怪物にとって殺人とは、命を“壊す”行為というような認識なのでしょうか。
「おそらく、命をモノとしてしか見ていない。ためらいは一つもなかったでしょうね。それがビクターを余計に苦しめるのだと思います。何の躊躇もなくというのは怖いですよね」
 
――怪物という役柄を演じるにあたって、どんなものをヒントにされましたか?
「本作には回想シーンが結構多くて、どのシーンで怪物がどの程度の知能指数であるかを見ていくと、彼の成長速度はすごく早いんですよ。なので、どの段階で彼が何を学んで何を感じているかとかといったことは意識しました。
怪物は人間の醜い部分を何度も見せつけられるなかで、カトリーヌとの出会いなどを通して芽生えかけていた良心がことごとく潰れていきます。子供の時に受けた傷やトラウマって一生残るじゃないですか。それが積み重なって人を殺すことに何のためらいもない殺人鬼になり果ててしまう、とイメージしました」 

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『フランケンシュタイン』2017年公演より。写真提供:東宝演劇部
――以前、ストレート・プレイで『フランケンシュタイン』が上演された時、東山紀之さん演じる怪物の表現にコンテンポラリーダンスの動きが取り入れられていましたが、そういったフィジカル面はいかがでしたか?
「僕らのミュージカルでは黒田育世さんが振付を考えて下さったのですが、やはりコンテンポラリーダンスが取り入れられていました。人間ならざるものの動き…、関節の使い方であったり、日常生活ではやらない動きが入っていて、それはすごく参考になりましたね。関節が普通曲がらない方向に曲がるとか、例えば生まれるシーンで、電気信号だけで体が先に反応する、痙攣のような動きだったり。そこはすごく意識しました。最初は形から入って、自分の体にだんだん入ってくることで、自分のやりたい感覚と一致してきましたね。同じ動きを(ダブルキャストの小西)遼生さんもやるけれど、だんだんそれぞれの動きになっていきました」
 
――wキャストと言えば、ビクター役は中川晃教さん、柿澤勇人さん。随分異なるビクターでしょうか?
「そうですね。言葉で表現するならば、アッキーさん(中川さん)のビクターは本当に自分がついていきたくなる、ひっぱってくれるビクター。それに対してカッキー(柿澤さん)のビクターは支えてあげたいというか、一緒に歩んでいきたいと思えるビクター。それは実際の年齢だったり、それぞれの役作りにもよるかと思います。形は違うかもしれないけど思う心は同じなので、(二人がどんなに違っても)各シーンで抱く感情は異なっても、最終的に行き着く先は同じなのが面白いです」
 
――表面的には救いのない物語に見えますが、本作はどういうものを投げかけていると感じていますか?
「“命の重さ”というものもありますが、その中での男の友情物語でもあると思います。ビクターの中には親友を怪物にしてしまった罪悪感がありつつ、心の中で彼はアンリなんだと信じたい気持ちがある。そして友のために死を選んだアンリは、怪物として蘇ってアンリの記憶を持っていたのか。…僕はそうだったと信じたいです」
 

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『フランケンシュタイン』2017年公演より。写真提供:東宝演劇部
――怪物はビクターを追い詰めますが、最終的には何を望んでいたのだと思いますか?
「自分と同じ気持ちを味わわせたかったという復讐心で動いているわけですが、観方を変えると、自分たちを理解できるのは自分たちだけなんだ、というメッセージはあると思います。だから最後にあんな台詞を残すのかな、と。いろいろな解釈ができるんですよね」
 
――ある意味、二人だけの世界に行けたというのはよかったのかもしれない、と…。
「そうもとれるんですよね。悲惨な結末ではあるけれど、この後どうなったのかは明らかにされていない。いろいろ想像させる終幕だな、と思います」
 
――重い題材の作品を演じると体調にも影響のある方もいらっしゃるようですが、加藤さんはいかがですか?
「僕はあまり役を引きずることはないんですよ。でもこの作品に関しては初演の時、本番の後はしばらく頭がぼーっとしてました。カーテンコールもそうだったし、楽屋に戻っていつもはだいたいシャワーを浴びるとすっきりするのに、シャワー浴びても放心状態で。それだけ入り込む作品なんですよね。今回も(普通の世界に)戻るのは大変かもしれません」
 
――再演にあたり、ご自身の中でテーマはお持ちですか?
「ここ何年か、『タイタニック』をはじめとして再演ものに取り組むことが多くなってきたのですが、再演だからといって同じものにはしたくないし、より進化して生まれ変わったものにしたいと心がけてます。同じことをやってるつもりじゃないのに同じになっている、ということが稽古場ではけっこうあって、意外と体って忘れてないんだなと思うし、ここでこれやってたな、とフラッシュバックすることも少なくないです。それに縛られていると新しいものは作れないから、一度初演のものを全部忘れないと。そこが再演の難しさだと思います」
 

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『フランケンシュタイン』2017年公演より。写真提供:東宝演劇部
――どんな舞台になれば、と思っていらっしゃいますか?
「初演の時は有難いことにいろいろとご評価をいただいたことで、今回、再演できることになりました。初演以上の舞台にすることで、これからもずっと語り継がれる作品になっていくといいなと思っています」
 
いつも、人を突き動かせる存在に
 
――近年のご活躍についても少しうかがわせてください。まず先だって、筆者は『僕らの未来』をミュージカルと思い込みまして(笑)、撮影を兼ねてゲネプロにうかがったのですが、加藤さんがギターを構えたので歌われるかな~と思いきや、最後まで歌はありませんでした(笑)。あの作品では“歌わない”というポリシーをお持ちだったのでしょうか?
「楽曲を原案とした芝居を作るというコンセプトで、そこで伝えられるものってたぶん歌じゃないと思ったんです。確かに“そこで歌わないんかい?”という声もあったけど(笑)、逆にあそこで歌うとそれは違うかなと。あの作品は、30歳を超えた『ミュージカル テニスの王子様』の仲間たちとなだぎ(武)さんと後輩と作ることに意味があって、音楽に携わっている人間の希望に満ちた未来が、ある日突然途絶えてしまうというストーリーに、人生どうなるかわからない、生きる年数は選べなくても生き方は自分で選択できるというメッセージを込めていました。僕らの人生にとってもすごく意味のある作品になったし、これから35をこえて40になっていく間にまだまだできることはたくさんある、遅すぎるということはないだろうな、と改めて教えられた作品でした」
 
――ビートルズのハンブルク時代を描いた『BACKBEAT』も鮮烈な舞台でしたが、加藤さんは同じミュージシャンとして思い入れがあったのですか?
「僕の中ではビートルズはむしろ、音楽の教科書に載っている雲の上の人でした。もちろん楽曲には触れてきたけれど、彼らを演じるなんて冒涜じゃないかなと言う気持ちもあって、『フランケンシュタイン』の初演でこれ以上に大変な作品は無いだろうと思っていたのに、その大変さを超えました(笑)。何がといって、ジョン・レノンという実在の人物を演じることの大変さです。これまでは『レディ・ベス』でも『1789』でも(史実をもとにした作品であるにも関わらず)自分は架空の人物を演じていたので、ジョン・レノンという(誰もが知る)人があまりに大きすぎて…。
僕らが演じたのは彼らがメジャー・デビューする前の話だから、いかようにもやりようはあるのだけど、映画版を観てもそれが正解ではないし、写真や資料を見れば表現できるというものでもなくて…。ジョンが仲間たちと過ごした時間や関係性をどうしたら体現できるかと、(演出の)石丸(さち子)さんとああでもないこうでもないと試行錯誤しました。最終稽古まで役が掴めなかったのは初めてで、石丸さんにも“稽古場では掴めなかったね”と言われました。少し日にちを挟んで舞台稽古だったけれどそれでもだめで、生まれて初めて、(このままでは)初日を迎えられないと思ったけれど、初日でようやく掴めました。
結局、自分一人では作れない役だったんです。自分一人でジョンを作ろうとしていたけど、周りに委ねることで見えることもある。頑張りすぎることもよくないんだな、周りに役を作ってもらうということも必要なんだと感じました。当時のジョンも彼だけが頑張ったりぶっとんでいたわけではなく、周りの環境がジョン・レノンを作っていった部分もあったんだな、と。(ビートルズ役の)同年代の皆にも助けられました」
 
――大作、話題作が続いていますが、そうした中でどんな出会いを求めていらっしゃいますか?
「僕は出会いをすごく大切にしていて、作品も人も自分を作るものだと思うし、自分も誰かの人生を作っていると思っています。だから出会いは多ければ多いほどいいですね」
 
――では最後に、現時点でどんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「僕自身が音楽に影響を与えられて、それが自分の人生が変わるきっかけになりました。だからこそ、音楽でいろんな人の人生にきっかけを与えられるといいなあと思うし、演劇においても同じで、僕の関わった作品や演じた役を観て人生が変わるきっかけになったとか、頑張る力になったと思っていただけたら。表現者って誰しもそうじゃないといけないと思うけど、人を突き動かせる存在でありたいと思っています」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『フランケンシュタイン』1月8日~30日=日生劇場 公式HP