Musical Theater Japan

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『フランケンシュタイン』観劇レポート:崇高な魂、美しき友情の悲劇

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
無機質な空間に、男がもう一人の男を抱いて現れ、台の上に横たわらせる。外からは、彼の行動を止めさせようとする男女の声が。どうやらここは実験室で、男は何か重大な実験を、この意識なく横たわる体を使って行うつもりらしい。男が外からの邪魔建てを阻止しに行っている間に雷鳴が轟き、台の上の肉体が激しく反応、台から滑り落ちる。腕を、足を不格好にばたつかせ、身を起そうとした肉体は…。 

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
物語はその少し前、戦地ワーテルローでのある“出会い”に遡る。敵兵を治療しようとして罪に問われたアンリ・デュプレ少尉は、銃殺の寸前でビクター・フランケン大尉に助けられる。彼が行っているという生命創造研究が人類の未来のためであると聞き、アンリはその理念に共鳴。ビクターの帰郷に同行し、二人はビクターの故郷、ジュネーブで研究に励む。しかしある日、ビクターが殺人事件に巻き込まれ、アンリは彼を庇って自白。無実の罪で死刑に処せられてしまう。

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
ビクターは夢中でアンリの亡骸に自らの研究成果を注ぎ込み、遂に実験は成功したかに思われたが(ここで冒頭の場面が繰り返される)、誕生したのはアンリの記憶はおろか、知能も持たない粗暴な“怪物”。実験室を逃げ出した“怪物”は闘技場の主に囚われ、虐待の日々を送るうち、言葉を理解し、話すようになってゆく…。 

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
メアリー・シェリーの同名のゴシック小説を、韓国のクリエイター(脚本・歌詞:ワン・・ヨンボム、音楽:イ・ソンジュン)が独自の解釈で舞台化した『フランケンシュタイン』。板垣恭一さんが潤色・演出、森雪之丞さんが訳詞をつとめた2017年の日本版初演はドラマティックな展開と音楽、そしてキャストの熱演が大きな話題を呼びましたが、メインキャストのほとんどが続投という形で実現した今回の再演では、各役の造型が一段と深まり、人間ドラマとしての見ごたえが増しています。 

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
中でも際立つのが“怪物”の生い立ちの過酷さで、電流によって生を受けた彼は、多くの人間が誕生時に親から受ける愛を知ることもなく、暴力と悪意に晒され続けます。ポジティブな原体験を持つことなく知能だけが発達してゆき、己という存在の呪わしさを知った彼としては、“創造主”であるビクターに対して復讐以外の選択肢は無かったのかもしれません。この日の“怪物”役、加藤和樹さん(小西遼生さんとのwキャスト)の、フィジカルな表現にさらなる迫真性の加わった演技が、この復讐劇の起点に説得力を与えています。

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
一方のビクターからしてみれば、もともと“生命創造”の研究をしていたとはいえ、“怪物”の誕生は功名心の賜物ではなく、唯一の友・アンリを生き返らせ、彼と分かち合った理想を実現したい一心によるもの。その思いを歌う“偉大な生命創造の歴史が始まる”は終盤にかけて劇的に盛り上がる大曲ですが、この日のビクター役・中川晃教さん(柿澤勇人さんとのwキャスト)は曲の勢いに呑み込まれず、じわじわと青白い炎のように歌唱。“狂気”と紙一重のすさまじい執着を感じさせます。 

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
しかし実験は途方もない“失敗”に終わり、ビクターは大きく落胆。幼馴染のジュリアと結婚し平穏な日常を過ごし始めますが、間もなく“怪物”の復讐が始まり、大切な人々を次々と奪われてしまいます。彼の実験はこれほどの罰を受けるべきものだったのか。嘆き悲しみつつ、“怪物”に言われるまま北極を訪れ、彼と対峙するビクター。科学者としての責任感と、“怪物”の中に眠っているのかもしれないただ一人の友・アンリへの諦めきれない思いが渦巻くその壮絶な姿もまた、観る者の心を抉ります。 

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
幼時からビクターを見守り、支えようとする令嬢ジュリアと、社会の底辺で希望のない日々を送る闘技場の使用人カトリーヌ、この“光”と“闇”の二役を演じ分ける音月桂さんの好演も光ります。とりわけカトリーヌが怪物に対して“(あなたは)人間じゃないから怖くない”“人間のいない北極に行きたい。そこには強要も束縛もないから”と語るくだりは痛切。生きるために彼女が選ばざるをえなかった行動は結果的に破滅を呼び、“怪物”の生き方も決定づけてしまう。弱者の救済を許さない“世間”の残酷さが胸に刺さります。 

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『フランケンシュタイン』写真提供:東宝演劇部
嵐のように次々と起こる“事件”以上に、キャラクターたちそれぞれの葛藤と衝突に釘付けの3時間。筆者の鑑賞時にたまたま起こったことかもしれませんが、カーテンコールの終わりで中川さんと加藤さんががっちりと握手し、視線を交わす光景は、ビクターとアンリ、友として求め合っていた二つの魂がようやく再会する瞬間のようにも映ります。劇世界から現実へ戻る途中で両者がオーバーラップする…それだけ主人公たちに心を寄せずにはいられない舞台だと言えるでしょう。
 
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『フランケンシュタイン』1月8~30日=日生劇場、2月14~16日=愛知県芸術劇場大ホール、2月20~24日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP